A to Z へ | « 2012年01月 | メイン | 2012年03月 »

2012年02月 アーカイブ


2012年02月25日

Diary-T 223 屋敷豪太の誕生日の夜

RUDE FLOWER 777.jpg


豪太&小原 777.jpg


豪太50歳の誕生日mute beat.jpg

豪太花束777.jpg


ひとりのロックミュージッシャン?

一人のドラマーの半生?

を一夜で俯瞰するというと大げさだが、
出会った頃の二十代の前半から三十代辺まで
仕事も絡んでいたこともあって、そういえば彼の最初の結婚に繋がるプライベートでも関係があったといえばあったか…、ま、彼の人柄には裏表を感じなかった。もちろん、成功したあとの四十代も五十代も付き合いがなかったので彼の本当のことは分からないが、少し前に食事を共にした印象では最初に出会ったときの飾らない自然体は今も変わらない気がする。ようするに懐が器が大きいというのだろうか、細かいことはどうでもいい、やるときはやるタイプだ。でなければイギリスマンチェスター出身の世界的な有名バンドSimply Redのメンバーとして世界ツアーをこなすという偉業は、私の知る限り、フリーおよびフェイセズのメンバーだった山内 テツを除いて日本人ロックミュージシャンではこれまで存在しなかったのではないだろうか、たぶん。
でそのスケールのある才能は昨夜のイベントのステージからもはっきり伝わってきた。というか私は昨夜その才能をようやくこの目ではっきり認識したのかもしれない。で、今回の誕生日のお祝いイベントがとてつもないのは、その夜のゲスト出演者たちとドラムですべて関わるというからまったく剛毅豪太だ。私は完ちゃんとトシちゃんから拝見したので途中からだが、つまり最初から最後まで出っぱなしという壮絶な荒技偉業をこなすには壮絶悶絶な体力&精神力が極太でなければこなせるはずもないのだから明らかに日本人では希有な存在だ。
しかもそれを飄々として演じきった豪太に最大のリスペクトを贈りたい。それにしても、というか、想像だが、あのメンツの集合した楽屋はそれはそれは目のくらむような阿鼻叫喚の感慨無量の修羅場の反対だったのではないだろうか。

会場でお会いした、当時をよくご存知の、
あのRiddimの石井さんから楽屋には行かないの?
と問われたが、行けば過去が私の今を押しつぶしそうな気がして今回は控えさせて頂いた。
懐かしい思い出は懐かしいままに、
色々あった過去はそのまま過去に今は置き忘れてしまいたい。

今日をもっと自信の溢れる現在に成した時、
初めて私は過去の時代を振り返りたいと思う。

そうそう、今、PIRATE RADIOの制作中だった。

今すぐチャンネル・チェンジ!

で、締めようとしたら、トシちゃんからの留守電、
気になってかけてみたら、案の定、
昨夜の楽屋はピテカンだったらしい…
それにしても濃密な二年間だった。
とピテカンのことをトシちゃんはそう語った。

GO BACK TO 1963 for PIRATE RADIO !!

ps.映像の記憶はのちほど。

投稿者 moichi : 14:45


2012年02月23日

Diary-T 222  春4恋

collage223 777.jpg

春4恋

1×1=1 毎日

2×2=4日置き。

3×3=9日置き。

4×4=16日置き。

5×5=25日置き。

6×6=36日置き。

これは東洋医学での年代別射精頻度の目安だそうです。

東洋医学では射精と同時に“精気”も放出されると考え、
年を取って頻繁に射精することは「大いに害がある」と警告している。

なるほど、だから、「接して漏らさず」という教えがあるのか。

つまり射精はさせないという意味だそうです。

精気とは、腎に貯蔵される生命力の源。
腎の精気が不足すると“腎虚(じんきょ)になる。

ps.備忘録 = 一口メモ

禿茶瓶で脂ぎった人はアレが好き。は分かりやすい見かけですが、

禿でなくとも髪の毛の薄い人も同じく“精気を漏らす(射精)”
回数の多い方だそうです。頭隠して尻隠さずの類いでしょうか。


collage0224a.jpg


215)飲食・色慾をほしゐまヽにして、其はじめ少(し)の間、わが心に快き事は、後に必身をそこなひ、ながきわざはひとなる。後にわざはひなからん事を求めば、初わが心に快からん事をこのむべからず。万の事はじめ快くすれば、必(ず)後の禍となる。はじめつとめてこらゆれば、必(ず)後の楽となる。


(470)腎は五臓の本、脾は滋養の源也。ここを以、人身は脾腎を本源とす。草木の根本あるが如し。保ち養つて堅固にすべし。本固ければ身安し。


東洋医学を学ぶことは長生きを学ぶこと也。


collage 0224b.jpg


その気になった方はこちらへ
貝原益軒:養生訓(ディジタル版)

養生訓


(219)心を平らかにし、気を和かにし、言をすくなくし、しづかにす。是徳を養ひ身をやしなふ。其道一なり。多言なると、心さはがしく気あらきとは、徳をそこなひ、身をそこなふ。其害一なり。


#222
Diary-T ストアはこちらから






投稿者 moichi : 22:50


2012年02月22日

Diary-T 221 「成熟した大人」

めらんこりあ777.jpg

”呆れるほどみたい映画があらわれた。”


たえず「ゆらいでいること」、それが生物の本態である。私たちのうちには、気高さと卑しさ、寛容と狭量、熟慮と軽率が絡み合い、入り交じっている。私たちはそのような複雑な構造物としてのおのれを受け容れ、それらの要素を折り合わせ、共生をはかろうと努めている。そのようにして、たくみに「ゆらいでいる」人のことを私たちは伝統的に「成熟した大人」とみなしてきた。社会制度もその点では生物と変わらない。変化に応じられるためには複雑な構成を保っていなければならない。

内田樹の研究室


”あぁ〜大人になりたいなぁ〜”

毎回内田樹さんの書かれたものは常に語彙が豊富で毎回舌を巻くのだが、今回もそのグルーヴにすっかり酔ってしまった。

賦活され…、ふかつと読むのか…

活力を与えること。物質の機能・作用を活発化すること。
「―体


日本のメディアの成熟度は低い。
全国紙は「立派なこと」「政治的に正しいこと」「誰からも文句をつけられそうもないこと」だけを選択的に報道し、テレビと週刊誌は「どうでもいいこと」「言わない方がいいこと」「人を怒らせること」だけを選択的に報道している。メディアの仕事が「分業」されているのだ。それがメディアの劣化を招いているのだが、そのことにメディアの送り手たちは気づいていない。
内田樹の研究室

忌避(きひ)とは、広い意味ではあるものや事柄について嫌って避けることである。


”いつか私がこの語彙を身につけることはあるのだろうか?”


ジキル博士とハイド氏の没落の理由は、知性と獣性、欲望抑制と解放をひとりの人間のうちに同居させるという困難な人間的課題を忌避して、知性と獣性に人格分裂することで内的葛藤を解決しようとしたことにある。彼が罰を受けるのは、両立しがたいものを両立させようという人間的義務を拒んだからである。だが、その困難な義務を引き受けることによってしか人間は人間的になることはできない。面倒な仕事だ。だが、その面倒な仕事を忌避したものは「人格解離」という病態に誘い込まれる。私たちの国のメディアで起きているのは、まさにそれである。メディアが人格解離しているのである。解離したそれぞれの人格は純化し、奇形化し、自然界ではありえないような異様な形状と不必要な機能を備得始めている。

両立しがたいものを両立させようという人間的義務を拒んだからである。だが、その困難な義務を引き受けることによってしか人間は人間的になることはできない。面倒な仕事だ。だが、その面倒な仕事を忌避したものは「人格解離」という病態に誘い込まれる。私たちの国のメディアで起きているのは、まさにそれである。メディアが人格解離しているのである。解離したそれぞれの人格は純化し、奇形化し、自然界ではありえないような異様な形状と不必要な機能を備得始めている。
内田樹の研究室

「人格解離」→その困難な義務を引き受けることによってしか人間は人間的になることはできない。


”これまで私は大人になることを拒んできたわけではない。
一重に私が無学だったということだ。
大変恥ずかしいことだが大人とはなにか?
をちゃんと知らないまま現在まで生きていること。
これがその原因のすべてだ。
だからこうした内田樹さんの文脈や思考を追従していくと
もしかしたら大人になることへ向かうことが出来るのでは?
と私は頗るワクワクしてくるのだ。”


「デタッチメント」というのは、どれほど心乱れる出来事であっても、そこから一定の距離をとり、冷静で、科学者的なまなざしで、それが何であるのか、なぜ起きたのか、どう対処すればよいのかについて徹底的に知性的に語る構えのことである。「コミットメント」はその逆である。出来事に心乱され、距離感を見失い、他者の苦しみや悲しみや喜びや怒りに共感し、当事者として困惑し、うろたえ、絶望し、すがるように希望を語る構えのことである。この二つの作業を同時的に果たしうる主体だけが、混沌としたこの世界の成り立ちを(多少とでも)明晰な語法で明らかにし、そこでの人間たちのふるまい方について(多少とでも)倫理的な指示を示すことができる。
内田樹の研究室

”なるほど。「デタッチメント」と「コミットメント」か。
こんな理路整然とした美しい文章に接すると、目の前の靄が晴れてくるような爽快感に包まれてなんだか元気が出てくるぞ。
成熟した大人へ向かうことは選曲する楽しみと同じように、
これで良いということはないが、そのプロセスには時折落雷が鳴るような大きな快感が沸き立つことがある。
出来ることなら私も選曲家らしく大人になりたいものだ。”


カップの底の♥.jpg

カップの底に潜む愛


#221
Diary-T ストアはこちらから






投稿者 moichi : 10:40


2012年02月21日

Diary-T 220 久保田由希&細越豊子

久保田由希&細越豊子01.jpg
久保田由希&細越豊子


久保田由希
LE CAFE DU BONBON
LE CAFE DU BONBON

細越豊子
ル・キャバレー (Le cabaret)
Le cabaret


SHIPS MAGのお手伝いで始めた
shipsMAG


「桑原茂一選」の第一回目にリスペクトしたのは、

代々木上原にある魅力的なふたつのお店の女性オーナー。

おふたりを結ぶキーワードはずばり「駄々っ子」。

本当に自分らしく生きるためにお店を教室を
お二人は決断した。

そんな強い精神のおふたりも、
やりたい。の初動や発露は
想像に反し高尚で論理的な計画ではなかった。

もちろん、色々寄り道したり、迷路に迷い込んだり、
きっとたくさんたくさん悩まれたことでしょう。
しかし最後の結論はシンプルで率直、

どうしてもワタシはこれがやりたいの〜!!!

思い込んだらやりたいことへまっしぐら、
大人になったふりをするならネバー出来ない
それはまるで駄々っ子のような感情率直。

しかしやってしまって、振り返れば、その実、

流れる川に身を委ねるようになすがまま、とてもナチュラル。

女性の時代といわれて久しいが、
まさに今回私がリスペクトするお二人の世界には男とは違う、
つまり、男のようには、かっこつけない、
もっと感情!率直!一直線!
だから、だからこそ、
うまい。に嘘や飾りがないのだ。

等身大のそれぞれの実直さが私を納得させてくれるのだ。

誤解を恐れず云えば、お二人の世界は、

パリの匂いを感じさせてくれるお店なのだ。

それはパリと同じ味を提供してくれるということではなく、

東京のパリ風な他のお店とは明らかに違う

パリの時間と空気感を思い起こさせてくれるそこに佇む時間の豊かさだ。

日々を楽しく豊かに生きることを一番大切にするから、
女性である自分が納得できることを考えるから、
シンプルな目標に全精力を傾けているから、
すべてに嘘がないから、

味も雰囲気も値段も頗るバランスが良いのだ。

コマーシャルに乗って一山当てようという輩が闊歩する飲食業会にこの女性の真心は誠に貴重な存在なのだ。
そして時代はまごうかたなくこちらへ向かっている。たぶん。

自分で出来る範囲しか私はやらない。ここが肝。

最小単位の最高が周りを幸福にする也。

地蔵通り.jpg
地蔵通り

Diary-T 220

bonbon.jpg

#220
Diary-T ストアはこちらから






投稿者 moichi : 06:22


2012年02月19日

Diary-T 219 smile rock is not over,

smile rock is not over, It continues from here.  

後、片付けが終わった。

記念写真をあの三好耕三さんがカシャリ!
なんと贅沢な記憶だろう。


smile rock 三好耕三記念写真.jpg

終わりはいつも少し寂しいものですが、
未来への希望はあちらこちらに生まれ始まっています。

今回ほぼ初の個展だったそうな尾関幹人の評価がうなぎ上り。
この展覧会がきっかけで
なんでもモナコのアートフェアーに参加することになったとか。 誠にうれしい希望です。
そして明日はその尾関幹人の作品にベタ惚れになった、
佐々木潤の紹介でお会いした濱中三朗(ROAR)くんのオフイスにmikitoと一緒に初訪問予定。

尾関幹人 777.jpg


で、今回の展覧会smile rock againを、
18年前の前回に引き続き、
アートディレクターを担当してくれた、
最も信頼する古くからの友人永井誠治のafter311以降の動きには目を見張るものがある。
友人として彼の動向を今後紹介するのが楽しみで誇らしい。

じみへん.jpg

黒人のルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン?

とボケかまして、

sageにあきれられてしまった、この置物は、

ジェームズ・マーシャル・ヘンドリックス。

ひとつひとつのコレクションがもう美術館。


kkk 77.jpg

あぶない!!

おっと、アンダーグランドをつけ忘れた。

アンダーグランド美術館。

こんな作品を大切にコレクションしていることがもう説明抜きのROCKn'ROLLなアーティストだろう。
男なら誰だって憧れるじゃないか。

永井コレクション01.jpg

これは俺も欲しいと思ったら、なんとNEIGHBORHOODの滝沢君へのプレゼントだそうだ。こんな感じのイケテル車の飾りものを段ボール箱二杯分も贈るのも、Takishinくんが生きた使い方を出来るという信頼があればこそ。
なんともうらやましい豪勢な友情ではないか。


Hardcore.jpg


その昔Dep'tの時代と呼ばれる時代があった。

あの藤原ヒロシとあの立花ハジメと
永井誠治の三人でつくったブランドのマークが確かこれ。
詳しいことは分からないので誤解があったらお許しを。

で今私は、永井誠治のスタイルにこそ、
こよなくHardcoreを感じる今日この頃也。

Time Waits for No One


じみへん777.jpg

投稿者 moichi : 20:56


Diary-T 218 The Last Night.

smile rock again が終わった。

そして、NEW BEGINING はここから…

それにしても音楽の力はストレートだ。
MADSAKI 伊藤陽一郎 佐々木潤
三人の強靭なDJの魅力をこの夜は存分に楽しんだ。

パーティーの魅力は集まる人たちがつくる。

その名の通り、clubkingはこれまでも数多くのpartyをオーガナイズしてきた。そして一年半ほど前にdictionary倶楽部を開校してからもこれまでとは違うclub,
ART School=partyを模索してきた。
しかし自由の国ニッポン、そこかしこに民主主義がはびこる希望の国となれば、それがいかにピンポイントからの近隣という名の苦情であれ、そのことを真摯に受け止め最大限に考慮しながらARTSCHOOLを運営することが東電のメンタリティーとは明らかに違う人の道だ。
そのことで多少プランがすくみがちになるがその程度のことが我々の置かれた状況を考えれば何が問題と云えようか、すなわちここは大人のためのART Schoolなのだから、社会的な責任を極限まで配慮することは当たり前のことではないかハハハハ…。

そして辿り着いたのが「アットホームな集い」
というコンセプト。
つまりその展覧会の関係者が交遊を深めるための慰安を兼ねた最小単位の集い=partyだ。

だから一見たくさん人が集まっているように見えるかもしれないがそれは明らかに錯覚で、集まる人を私やあなたの指で数えれば、たかがその数は、四、五人からせいぜい十人程度というのが真実だ。
ということは、もうどんなにハシャイだところで、
騒音と呼べるようなものは皆無であって、
感じ方の個人差を考慮したところで、
誠にクワイアットビレッジな集いであることは間違いない。
だからといってDJの回す選曲は間違いなく最高級だから文句を云われる方はどこを探してもおいでにはならない。
ただ音量は極めて小さいのだ。気をつけて耳を側立てていないとディクショナリー倶楽部から五十メートル圏内をしこたま通る山手線の電車の音にかき消されてしまうほどだ。

分かりやすく要約すると、

「適量の音量で最高級の選曲を楽しむ」。

例えればドンペリのシャンペンにベルーガのキャビアといっても謙遜過ぎることはありません。
もちろんダンスを踊るなんてもっての他であります。
あり得ない。思わず腰が微妙にリズムを刻んだところで誰がそれを感知するというのでしょうか。ない話だ。

しかも、この集いには気品だけしかないといっても過言ではない(パーティー)だが、なんとも年齢が必要以上に広範囲なのはともすればアメイジングでもある。
七歳の着飾った可愛いロリータから古希をさらっと通り過ぎた天女まで、華麗で優美で壮麗、眉目秀麗な男女が集うのだから、
この際断言すれば、

メディアはやはり続けることが大切でごわす。

さて思い出の黄色いハンカチをとくとご覧頂きたい。

ps. あの夜、iphoneのバッテリーの残量不足のため写真点数が思ったよりも微小だったことをお詫び申し上げます。


佐々木&伊藤.jpg

伊藤陽一郎.jpg

小林&広川泰士.jpg

伊藤陽一郎01.jpg

伊藤陽一郎02.jpg

小林昭.jpg

投稿者 moichi : 16:53


2012年02月18日

Diary-T 217 土曜の午後のモナムール





Diary-T 217

D-T217 full.jpg

#216
Diary-T ストアはこちらから






投稿者 moichi : 12:41


2012年02月14日

Diary-T 216 難儀

難儀 777.jpg


車窓に映る青山墓地周辺には、萌える新緑は春風にそよいでいた。生命の力強さと残酷さが地べたから虚空に向かっていっせいに芽吹いている光景に、ちょっとした息苦しさを覚えた。
俺は六十年間、いつもこの光景を見てきたはずだが、
今年だけはこの季節の繰り返しが違ったもののように見える。
ひとにどんな境遇が訪れようとも、あるいは想定外の天変地異があろうとも、春になれば確実に芽吹いてくる生命力は、残酷にも思えた。
この生命力は、俺の身の上にも、原子力発電所の事故にも無関心である。自然はどこまでも、人間に無関心である。

「俺に似たひと」平川克美著 一部抜粋


noway2.jpg


母親の納骨のときは、まだ工事中で途中までしかできていなかった東京スカイツリーが、ほぼ完成した形で夏の空に向かってそそり立っていた。それは確かに繁栄の象徴のような建造物であったが、行く手の左側をくねるように流れる大川(隅田川)の光景の中では、ただ異様なものでしかないように思われた。
人間はこういうものをつくる。いや、つくらざるを得ない生きものなのである。次の世代の人々は、この建造物を当たり前のように受け入れるのかもしれない。そのときには、俺もこの世にはいなくなっている。関川夏央さんが書いたように、ほんのちょっと先までしか行けないのだ。
もうしばらくすると、この鉄塔が華麗なイルミネーションで照らされることになるのだろう。
時間は、ときに素早く、ときにゆっくりと、
しかし仮借なく過ぎていく。
父親との介護の一年半、俺のなかで時間は停止していた。
いや、正確には外界のニュートラルな時間とは別の、さまざまな感情に支配された濃密な時間のなかにいたというべきかもしれない。
それは人知れぬ極めて個人的な時間であり、そうであるがゆえに切実な時間でもあった。そこで何が起きようが誰も振り向きもしないし、世界にはどんな影響を与えない。それでも、
世界はこういった小さな時間の堆積であるほかはないのだ。
そのことを理解するまでに、ひとは多くの無駄な時間を浪費し、
難儀な経験を積み重ねなければならない。

「俺に似たひと」平川克美著 一部抜粋

someway.jpg


大人になることの覚悟を持てないまま今日に至る。

この本を読んでまたしてもそんな気がしてきた。

子供を育てる。だけでは、半人前で、

親の看護を経験して初めて大人になれる。
とどこかで読んだような気がする。

さて、親の看護とは?を私に置き換えれば、
私はこれまで自分の父親の写真一枚みたことがないので、
顔はもちろん、なんの記憶も手がかりもない。

そして、母親とは16歳のときに初めて出会い、
多少の交流はあったものの、やはり肉親という感覚も、
他には変え難い親密感も抱擁感も得ることはなかった。
そもそも肉親とはどのようなものなのかが私にはさっぱり分からないのだ。

幼少の頃からいくつかの家庭やその他にお世話になったという朧げな記憶はあるが、私を育ててくれたのは誰か?ということなら、
やはり母方の祖母ということになる。

しかし高校生の頃から祖母の元で働いていたので、
祖母への愛情という認識を生み出すには残念ながら至らなかった。

といって天涯孤独な人生かと思いきや大層複雑だが、
なんどか素晴らしい家族にも恵まれた。

が、今回大変感銘を受けた平川克美さんの「俺に似たひと」
のように、親の看護をするという覚悟や認識や責任感や愛情はいまのところ私の中には存在していない。
で、ここで思い切って切ない非道な話を露悪するが、
何度か結婚し最後はひとりものだった祖母は、自分の娘たちや私から見捨てられ、創価学会の会員のお世話で何処か遠くの病院で息を引き取った。
あぁ〜こんな非道な書き方をしていてもどうしても忘れられないことがある。あるとき、突然母親から呼ばれ、もうそろそろ危ないからと、祖母が入院していたその遠くの病院に連れ立って見舞いに行ったことがあった。そこで十数年振りに対面した祖母の顔を見て私は思わず息を呑んだ。祖母の顔が、痩せ衰え般若のお面のような恐い顔になっていたのだ。恐ろしかった。本当に恐ろしかったのだ。
がその時は勇気を出して笑顔をつくり、
何故かひとりでに身体が動き骨と皮だけになってゴツゴツした祖母の手を撫でた。
たぶんその後は逃げるようにして病院を後にしたのではないかと思うが、帰り道で、私は何故か涙が溢れて止まらなかったのを覚えている。たぶん、それは懺悔の思いというか、祖母への罪の意識が涙を流させたのだろう。ただ、そのとき私が強く認識したのは、きっと私も祖母のような末路を迎えることになるのだろうなという恐ろしい自覚だった。ひとは死ぬときには善も悪もイーブンで終わるというが、どんな成功者もお金持ちも、そして貧乏で社会の底辺を這いずり回るひとも等しくひとを不幸にした人生の記憶は死ぬときにそのひとの顔に表れるものなのかもしれない、と。


般若 777.jpg


おやおや随分話が蛇行迷路してしまったが、
つまり看護するという思いや覚悟はどこから沸き上がってくるものなのだろうか?

それがそもそも私の疑問だった。

愛されたことのないものは結局愛することを知らずに死ぬものなのか、
はたまた、血のつながりというものは自然にそうした思いが沸き上がってくるものなのか…

そこが知りたい。極めたい。

それがいまだに私の生きる

The Long And Winding Road なのであった。

う〜ん、大人になる自覚がきれいさっぱり足りないようだ。

 喝! 叫んでも駄目。

#216
Diary-T ストアはこちらから





投稿者 moichi : 14:48


2012年02月13日

Diary-T 215 Too Old to ROCK'N'ROLL Too Young to DIE

川勝正幸肖像画.jpg


失ってみなければ分からない威力を感じた。

 つまらなくなる。世の中がもっとつまらなくなる。

惜しい人をなくしたというが、昨今の、どの首相よりも

まぎれもなく日本の損失という思いが沸き上がる。

編集という職業は、編集者は、時代を動かしていたんだ。

改めてそんな思いに駆られた。

川勝さんの仕事を縦に積み上げて、
過ぎ去った時代と並べてみたら、

沢山印刷してお金を集積して、
そしてそのためにゴミを大量に生産して、

大量生産大量消費された文化と呼ばれるものと
世間からはサブカルと呼ばれた川勝正幸の仕事を比べたときに、
歴史はどちらを大切だった、と判断するのだろうか。

川勝正幸の編集本.jpg


人に愛されるのは鋭敏な感性よりも、
もしかしたら律儀で誠実な人柄かもしれない。

礼儀正しいということは、
仕事をする準備があるということなのだろう。


川勝正幸しりあがり寿.jpg

おしゃれな人とは、
客観性のずば抜けた人のことをいうのかもしれない。

川勝正幸のストライプ.jpg

繰り返しているうちに身に付くという修練もおしゃれの肝。

川勝正幸のダッフルコート.jpg

記憶の手がかりはフェティッシュだ。

川勝正幸眼鏡.jpg


無宗教という名の宗教(内田樹さんの書籍より)


川勝正幸祭壇.jpg


過去が波のように押し寄せてくる青山葬儀場で、
私は何度も波に呑み込まれそうになり、必死で藁をつかもうとしたが、側には藁はなく、杖に使えそうな流木をつかんだ、
よくよくみたら、古くからの友人宮沢章夫さんの笑顔だった。
誕生日が同じというだけで、私は勝手に肉親のような気がしている尊敬する友人だ。


川勝正幸宮沢章夫.jpg


で、ネクタイを締めている宮沢君を目の前にしたのはこの日が初めてだった。
ひとはいつもの認識をほんの少し移動させられただけで、
笑いがこみ上げてくるのはなぜか?

そしてこの日はみたこともない雰囲気を醸し出すよく知っている人に沢山お会いすることになった。


川勝正幸ヤン富田.jpg

ヤン富田さんのネクタイ姿も私にはとてもまろやかに腰が砕けた。

元気そうな顔の色つやに思わず私の頬も緩む。


川勝正幸青山葬儀場.jpg


やはり、人生は金じゃないな。と思う。
青山葬儀場というと大概が立派な成功者でお金持ちの為の場所、
というイメージがこの日迄私にはあった。

だから、この葬儀はある意味革命だと思った。

川勝正幸さんの葬儀が青山葬儀場で行われるということは、

市井の人の勝利とでもいおうか、

川勝正幸さんを愛する人々の小さな心の集まりが、

権威ある青山葬儀場の祭壇をサブカルの祭殿に変えたのだ。

after311以降、日本は自己責任で生きていく国家になった。

弱きものは集い、大きな力に対抗していく時代の幕開けを、

自ら戦陣を切って新しい時代を指し示してくれた川勝正幸に、

私たちのなすべきことはなにか?

利他性、分かち合うこと、

どれもこれからの主流になるだろう。

しかし、なによりも大事なのは、

精一杯、「ふざけること」だと思う。

つまらない時代に、辛気くさい話はもうご免だ。

サブカルの存在理由は
何よりもくだらないことを面白がることだと思う。

あほらしくて、馬鹿で、どうしようもなくて、

もうひたすらあきれて笑い転げること、

でも、

笑ってるのは時代の本質をちゃんと掴んでいるからだもんね、

一番ヤバいところへ突っ込むこと、

川勝正幸さんの意思を継ぐものたちは、そこだと思う。

でだ、川勝さんが亡くなって、49日、

ありがたいことに、

PIRATE RADIOの火曜日。3月20日の火曜日。

だったらやらんといけんやろ!と。

宮沢君も、

”ああいいですね。少し声をかけてみますよ。”

といってくれたけんね。

もはや肉親である宮沢章夫さんに音頭をとって頂いて、

大笑いする?大泣きする?番組をやってみようと思う。

さてさて、いかがなることやら、乞うご期待。


川勝正幸rock'n roll.jpg

#215
Diary-T ストアはこちらから






投稿者 moichi : 16:41


2012年02月10日

Diary-T 214  つかの間の白日夢

日本はこれまでいったい何を建設して来たのだ。



熱砂の誓ひ(ステレオ)

この歌に、強いメッセージのこの歌に、
私は今へ繋がる大切なメッセージを感じた。


李香蘭出演の映画「熱砂の誓ひ」のパブリシティ
映画「熱砂の誓ひ」のパブリシティ。
(クリックすると拡大してご覧いただけます)
 1941(昭和16)年2月、李香蘭が東京・有楽町の日本劇場(日劇)に出演した時は、詰めかけた大勢のファンが劇場を7周半取り巻き、彼らを移動させるために消防車が出動、散水したというほどの人気ぶりでした。その1カ月ほど前に、佐賀県内でも李香蘭の映画「熱砂の誓ひ」が公開されましたが、公開直前には佐賀新聞にパブリシティ(記事体広告)が掲載されました。

佐賀新聞


 1941(昭和16)年 
 大スター李香蘭は佐賀県人

李香蘭が日本人で、佐賀県出身ということが分かったと伝える佐賀新聞の記事(クリックすると拡大してご覧いただけます)
 太平洋戦争開戦前夜の1941(昭和16)年。庶民最大の娯楽だった映画で、県民の関心を集める記事が2月16日の佐賀新聞に載った。
 「満州(中国東北地方)の映画会社満映の大スター李香蘭が日本人で、しかも本籍地が佐賀県杵島郡と分かった。東京の日劇に出演した際の書類から本名と本籍地が判明した」という。
 李香蘭は本名・山口淑子(敬称略、当時の紙面では俊子と表記)。満州で生まれ、父親と親交のあった中国人の義理の娘分となり「李香蘭」の名を得た。美ぼうと中国語の巧みさを買われ、38(昭和13)年、女優兼歌手としてデビューした。
 中国人と信じられていたため、戦後、日本への協力者として中華民国政府に逮捕され、裁判にかけられたことも。帰国後は女優、参議院議員として活躍。来年で90歳。今も健在だ。



 

そんな歌どこで覚えたの?

私はまだ台湾のことを何も知らない。

私はまだ北朝鮮のことを何も知らない。


アジアで、日本で、日本人はいったい何を建設して来たのか?

今一度思い出すべき大切な記憶とは何か?

”そんな歌どこで覚えたの?”

長谷川一夫の初々しいセリフに導かれて、

私はYouTubeの迷宮に迷い込んだ。


つかの間の白日夢。

支那の夜777.jpg

#214
Diary-T ストアはこちらから





投稿者 moichi : 14:30


2012年02月06日

Diary-T 213 Prestigious sexual decoration

Heart_icon_red.jpg


心理学者ジェフリー・ミラーが主張するところによると、
人間性のとりわけ興味深く誇示的な側面の多くは、
性選択によって進化した、
自分の値打ちを他者に喧伝するための手段である。
つまりは、子孫を残せるだけの適応度を備えていると誇示する方法であるわけで、ミラーに言わせれば、ダンスはもちろん、スポーツや芸術活動、慈善活動の多くもこれに含まれる。

ミラーにとっては、脳は、”拡張高い性的装飾”なのだ。

喜びはどれほど深い?
心の根源にあるもの

ポール・ブルーム著 小松淳子訳


ふと思うのだけれど、

この、ふと、は限りなく繰り返しているふとなんだが、

自己とは、いったいなんだろうか?

もし常日頃から私の脳が、

高級な性的装飾を自分に催促し課しているのなら、

つまり、常日頃から、何処かに良い女がいないかと物色し、

好きあらば性的行動を発動する態勢にある。

とするならば、どのぐらいの人がそれを認識しているのか?

ということだ。

しかし大抵の人がそんな自覚は端からのっけから

ないのだろうから、ま、仮にあったとしても、

脳が私の自覚に断りもなく行動しているのだろうから、

その場合自己はいったいどこにあるのか?

そもそもこんな状態で存在する私は

本当に生きているといっていいのか?

言い換えるならDNAに書き込まれた

”拡張高い性的装飾”を、

私はどこまで管理しスタイリングする責任があるのか?

そんな飢えたオオカミのようなまるでドラァグクイーンの衣装のような性的装飾なんか私は知らない。と正当化してはいけないのか。

知らない私と知ってる自己と私はどう折り合いをつければいいのだ。

誰か教えてくれ。

という問いかけは間違いで
自分で考えることが必須要望されている。つまり、
ここが哲学への入り口ということかもしれない?
と誤摩化すことにしたりしなかったり。だから、

自己とはなにか?

全く愉快な謎なぞだ。と気取ってみる。

仕舞った、また罠にはまった。

この言い回しこそまさに、”拡張高い性的装飾”であった。


くじゃく666.jpg


Diary-T 213 Prestigious sexual decoration


Diary-T 213 777 sexual decoration.jpg

#213
Diary-T ストアはこちらから






投稿者 moichi : 10:53


2012年02月04日

Diary-T 212 どなるど開眼!

どなるど0204a777.jpg

どなるど0204b777.jpg

どなるど g 0204777.jpg


どなるどB&W 0204777.jpg


どなるど0204x時計777.jpg

どなるどf 0204777.jpg

777 どなるど0204 mens.jpg


どなるどe0204777.jpg

#212
Diary-T ストアはこちらから






投稿者 moichi : 21:27


2012年02月02日

Diary-T 211 ざわついている。

Diary-T211 777.jpg

Diary-T211 full.jpg

Diary-T211 full.jpg

背後から女の声がした。

気のせいか…どうもさっきから心がざわついている。

それにしても、さっきから聞いてるこのRadio局の選曲はなかなかいい感じだ。

セルビアのラジオの選曲がいいなんて、どんなにうれしい時代だ。

つまりさ、選曲で、その街のことが分かるというもんだ。

Mi Swing Es Tropical Quantic & Nickodemus

随分前にPIRATE RADIOで回した曲じゃないか、

セルビア Serbiaだぜ。うん?

いったい俺がセルビアのなにを知ってるっていうんだ。


ブルドーザー革命 [編集]
詳細は「ブルドーザー革命」を参照
2000年10月5日、ユーゴスラヴィア連邦共和国大統領スロボダン・ミロシェヴィッチが退陣した。そのさいの一連のデモ活動はその後に続く暴力を伴わない革命の最初の例とみなされることが多い。しかしながら市民が原動力となって投票を促す運動が起こり、また野党が連帯したという点では、それより以前である1998年のスロヴァキアや2000年のクロアチアでの議会選挙で見られた動きである。全国規模の抗議行動においては色などの特定のシンボルは用いられなかったが、事後に抗議行動の完遂を祝して使われたスローガンにゴトブジェ(セルビア語で「奴は終わりだ」の意)がある。ところが共通点は多々あるものの、一連の「色の革命」の始まりはグルジアの事例であるとする意見が多い。ただセルビアでのデモ活動では学生組織オトポール!(セルビア語で「抵抗!」の意)が中心となっていたが、そのメンバーは後の他国における革命に関与していった。


ユーゴスラビアは、ユーゴスラビア解体に伴って発生したクロアチア紛争、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争への公式な関与は中止しており、セルビアは平和を保っていたものの、経済制裁が続いて経済は疲弊した。政権内外の民族主義者は民兵組織を作るなどして紛争への関与を続けた。
1995年に両紛争は終戦を迎えたものの、1996年ごろからコソボのアルバニア人の民族主義勢力コソボ解放軍を中心に、コソボの独立を求めての武力闘争を始めた。これによってコソボ紛争が引き起こされ、1999年の北大西洋条約機構による爆撃に至った。これにより首都ベオグラードが米軍を主体とする北大西洋条約機構軍による激しい爆撃に晒される。1999年以降、セルビア領のコソボ・メトヒヤ自治州からはセルビアの統治権が排除され、国際的な監視下に置かれることになった。
ユーゴスラビア崩壊以降の経済的苦境や、各種の紛争での敗北により、セルビアで強権を握っていたスロボダン・ミロシェヴィッチに対する不満が高まり、ミロシェヴィッチは2000年に失脚した(ブルドーザー革命)。
セルビアとともにユーゴスラビア連邦を構成していたモンテネグロでも1997年ごろからミロ・ジュカノヴィッチを中心に独立要求が強まったため、EUの仲介により2003年にはユーゴスラビア連邦は、より緩やかな国家連合であるセルビア・モンテネグロに移行した。人口比で大幅にセルビアを下回るモンテネグロの政治的権限を大幅に拡大し、3年後の2006年以降再びモンテネグロの独立を問う事が出来る事を条件にして緩やかな連合国家に変更された。


セルビア共和国(セルビアきょうわこく)、通称セルビアは、南東ヨーロッパ、バルカン半島中西部の内陸に位置する共和制国家。かつてのユーゴスラビアに属した地域の中央に位置しており、政治的にもその中心となる国であった。
首都ベオグラードは、ユーゴスラビア誕生以来2006年にセルビア・モンテネグロが解体されるまで、一貫して連邦の首都であった。
2006年6月3日のモンテネグロの分離独立に伴い独立宣言をした。


色の革命(いろのかくめい、英:Color revolutions)、または花の革命(はなのかくめい、英:Flower revolutions)とは、2000年ごろから、中・東欧や中央アジアの旧共産圏諸国で起こった一連の政権交代を総体的に指す。一部では革命の波とも表現される。
色の革命では、腐敗が蔓延し、あるいは独裁的である政権に立ち向かったさい、または民主主義や民族自決を求めたさいに、そのほとんどで非暴力的活動が行われ、これらの動きにおいてはその象徴として色や花が当てはめられた。色の革命では、非暴力抵抗を実行するという点において非政府組織 (NGO) や、とくに学生運動が重要な役割を果たしたことが特筆される。
これらの動きとして挙げられるのは、ユーゴスラヴィア、とくに2000年のセルビアにおけるブルドーザー革命や、2003年グルジアのバラ革命、2004年ウクライナのオレンジ革命、そして暴力が多く用いられたが、2005年キルギスのチューリップ革命がある。いずれも問題とされていた選挙の結果を受けて大群衆が街頭で抗議行動を実施し、反体制派から独裁者とされていたそれぞれの国の指導者の辞任や打倒につながった。
一方で、それらの運動の背後では“独裁・圧政的な政権”に対する“民主化ドミノ”(=政治体制親米化)を起こさせたいアメリカ合衆国国務省の存在が繰り返し囁かれている。

色の革命 - Wikipedia いつもありがとう。


d-T211 full α.jpg


dakara,さっきから、ざわざわしている。心がさ。

でも、どうしょうもないんだよ。

でも、生きてるって、そういうことだろう。

Just like a music だってよ、そうラジオが歌っている。

あすも生きてると良いよな、みんながさ。

俺も、生きていたいよ。まだやりたいことがあるからさ。

heyheyhey,そうやって自分を励ますのだよ。

死んだ奴の、分迄、生きてやるんだよ、って。

それが、それが、Just like a music…

音楽が好きってことは生きてるってことだろ、

そうか、Heart Beat Radioって泣かせるラジオ局名じゃないか。

Enjoy your life ! joyjoyjoyjoyjoyjoy…

書けないんじゃなくて、書きたくなかったんだな、

#211
Diary-T ストアはこちらから






投稿者 moichi : 19:20