2010年07月 アーカイブ
2010年07月05日
壁と卵
卵を支持するというのは、気分的なものではだめなんです。
それなりの決意と,最後まで責任をとる覚悟が必要です。
僕は地下鉄サリン事件の実行犯の裁判を聞いていて、
そのことを強く感じました。
このひとたちがやったことはまぎれもなく悪であり、
許されないことだ、それでもなお僕は彼らの側に立ってものを
しっかり考えなくてはいけないんだと。
そのことで被害者の人に糾弾されたとしても、
社会に糾弾されたとしても、その気持ちは変えられない。
その気持ちが「1Q84」のなかにもずいぶん入っている。
イスラエルのあの刃物が混じったようなぴりぴりした空気の
中で考えたことは、僕がいま小説で考えていることにそのまま
地続きでつながっています。
もちろんこれでけりがついたわけではなくて、
僕はこれからもずっと同じように考え続けていくことになるでしょう。
新潮社の「考える人」に掲載された
村上春樹のロング・インタビューを読み終えた。
野球のイチロー、ファッションの川久保伶、
そして文学の村上春樹、
私の勝手なイメージでつながる
ストイックなトップランナーたちだ。
もちろん私の知らない分野にも
沢山のトップランナーが走っていると思われるが、
きっと一様に動きに無駄がないのではないか?
たった一秒であれ、無自覚で動くことはないような気がする。
だからこそ、そこに凛としたオーラが創出する。
そういえば、昨夜、金沢の21世紀美術館の館長
秋元さんと会食した。
”私は今の時代の気運があまりよくわからない”
と前置きされたうえでの発言だったが、
ときおり人々が終末思想に惹かれる空気感と同じように、
人知では及ばぬ壮大なものの出現を
みんなは心待ちしているところがあるのではないか?
ということは、
「1Q84」の存在も
その空気感を無視しては語れないのではないか?
と私の勝手なイメージはまたしても膨らんでしまった。
まだ三作目を読んでいない私で恐縮だが、
「手をつなぐ」こと
こんなシンプルな行為をこの小説が
ロマンチック・ラブの頂上に置いたことも、
私の恋愛観や自分自身の体験に
美しくつながっている。
で、その気になって書いてしまえば、
利他性こそが人類の明るい未来へ向かう鍵である
予感、潮流、
その予兆としてこの小説を捉えるならば、
二作目までとは明らかに違うアプローチの
「1Q84」
いますぐアマゾンだ!と今朝は考えた。

