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2010年05月05日

彼女の名は「パティマ」という。


私には尻の穴が二つあった。が今はない。

かといって、
二つの尻の穴が同じ役割をしていた訳ではない。

その穴の存在に気がついたのは南国オイルマッサージ極楽の最中だった。
そこは神々の島と呼ばれ、私の記憶が正しければ、

1950年代当時、
ヨーロッパの人々にも秘密の楽園であったに違いない
その島に、

あのチャップリンがなんと訪日前に立ち寄った事実が確認されている。

彼は自伝の中でその時の模様をこう記している。

「小さなボートに乗り移り朝靄の中を岸に向かって進んでいくと、

霧の狭間から途切れ途切れに目に映るものは、

美しい黒髪や愛らしい耳もとを花や宝石で着飾ってはいるものの

上半身は裸のままの愛らしい男女の姿であった。

岸へ着くと出迎への人々は誰もが両手に果物や花束抱え優しく微笑んでいる。

それは、まるでエデンの園に入っていくようであった。」

なんでも当時その島では、人々は一年間に約三ヶ月程収穫の為に働き、

残りは神への祝祭のみに費やしていたそうだ。

まさに楽園である。その楽園に魅せられた私は、

二十代の後半から
幾度となくその島を訪れることになるのだが、

そこで経験した出来事の多くはそれまでの合理的に世界を見ることがスマートだと教わってきた

アメリカ的な解釈では到底理解出来ない摩訶不思議なものばかりだった。

或集落では未だに人を呪い殺す事や好きになった女を自分の虜にする為の魔術が

ごく当たり前の様に日常生活で使われているのだから、

いくら観光客とは謂えその島の風習やしきたりを知らなかったで

尊重しなければその酬いは必ずこの身に降り掛かってくるのである。

そう、この話もその小さな出来事である。

で、私がもう一つの穴に出会うことになった極楽オイルマッサージだが、

その島で覚えた己の中にもあった植民地的高揚の傲慢な朝食前の日課であった。

私が贔屓にした中年のマッサージ師の女性は

ジャワ島から出稼ぎに来ている孤独な異邦人で、

13才の時に親の決めた相手と結婚させられ

不幸なことに子供が授けられなかった故、

嫁いだ家を不愚者の烙印を押され一方的に追われたとか。

しかし彼女は貧困に苦しむ実家に帰ることもままにならず

隣島に逃げ出し、唯一その島で稼げくことのできる観光客相手のマッサージの仕事で

なんとか暮らしているとのことだった。

恋をするなら異邦人がいいと栗本真一郎氏は「パンツを脱いだサル」に記したが、

彼女のような哀しみの空虚さを恋が埋めることはたぶんないだろう。

日陰で惰眠を貪る男達の変わりに焼けるような海岸で女達が肉他労働に励む

私には異様に映ったその島の社会でも彼女のような異邦人はやはり村八分だった。

気づかず植民地主義的な同情も手伝って、私は毎朝彼女のマッサージを受ける事を約束した。

何日か後、少し気心が触れ合えるようになったある日のこと、

その女の重い口から出た愚痴は、

疲れ過ぎて眠れない夜には、その島では重罪であるハッシシを少量吸い

空いたビール瓶にお湯を注ぎ疲れ痺れた足を自分でマッサージするとのことだった。

能天気な観光客の為のドラッグも彼女には一時の鎮痛剤に過ぎないのだ。

やるせない罪悪感を感じたと同時にいつもとは違う感覚の裂け目に沈んでいった。

足下まで掛かる黒髪を男物のハットに目深く沈めた女マッサージ師の技に身体がとろとろと溶けていく…

「あっ!」その瞬間私はブラックホールに落ちた。

私自身も知らなかった予期せぬ二つ目の穴に

その女の指がするすると落ちたのである。

中指の第二関節ぐらいまで入ったであろうか、

私達はそのことに一言も触れぬままマッサージはつづき、

そして、その朝のマッサージは終わった。

ふたつ目の尻の穴に女の指が落ちた。

ただそれだけでのことである。

彼女の名は「パティマ」という。


バリ島での曖昧な記憶である。

 
ps,

実は最近その穴に再び出会うことになったのだ…それはまたいづれ、


PrivateRooms.jpg

投稿者 moichi : 2010年05月05日 10:50

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