2010年05月04日
沈黙の反語は太鼓である。

http://www.guidoargentini.com/
GUIDO ARGENTINI
ブリキの太鼓
「人類は砂漠に迷える羊で、多くの人々が貧困、飢餓、孤独という砂漠に生きている。教会と司祭は人々を砂漠から導き出さねばならない」
この265代目の新ローマ法王ベネディクト16世(78)の演説の一節を新聞で目にし、思わず浮かんだ私の疑問は、
砂漠から這い出た私たちを待ち受けているのものはいったいどんな世界なのだろうか?と。
さて、沈黙の反語は太鼓である。
子供の頃、町内の夏祭りで山車を引きながら叩いたあの腹の底にズドーンと響く太鼓の音にいい知れぬ興奮を覚えたものだが、もとはといえば戦う男たちをハッスルさせるための覚せい剤効果音なら然もアリランだ。
覚せい剤も西洋に渡ればコークと呼ばれるように恐れを飼いならすのは容易なことではない。
話を太鼓に戻そう。そう、主題は、
「ブリキの太鼓 」だ。
『(1979・西ドイツ=フランス 142min) Die Blechtrommel 監督・脚本:フォルカー・シュレンドルフ 』
大人になることを拒否した主人公オスカーの女の金切り声のような叫び声につづいて聞こえる耳障りなブリキの太鼓の意味するところは”私は私らしく思い通りに自由に生きたいんだよ〜”そんなこころの魂の叫びのメタファーだ。
たぶん。
しかし私の太鼓は叩いても叩いても音がしないぞ。
はともかく、この映画を私が忘れられないのは、
冒頭で警官に追われた男がたき火の側で座っている大地の母的年増女のスカートの中に潜り込むシーンがまったく自分の子供時代の経験に重なるからで。
いや誓って私の記憶に助平はないのだが、
親戚の綺麗なおばさん曰く、
その日私はその綺麗なおばさんをみるなり突然、
そのふわっと広がったスカート中に
もぐりこんだらしいのだ。
「正しい記憶というのなくすべての記憶は自分の都合のいいように作り替えられる。」デルモンテ公爵。嘘です。
理由は、そのスカートは子供が思わず入りたくなるようにカラフルで大きく広がったあのサーカス小屋のような素敵なスカートだったのではないだろうか…話は太鼓だ。
どうしても忘れられないシーンがこの映画にはあるんだ。
それは大人にならない人オスカーの母親の愛人がオスカーを危険から救おうとそのままなりゆきで反ナチスの立てこもる図書館?に入ってしまい。
当然のごとく銃を渡され、まったく勝ち目のないその瞬間敵になったナチスと戦う羽目になり、死の恐怖におびえながらも得意の最後のポーカーをし、恐怖を押しのけるかのように慌ただしい最後のセックスをし、ついには銃殺刑のために壁に並ばされ容赦なく殺されるその寸前、死ぬ間際には自分の生涯が走馬灯のように浮かび上がるというが、

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あろうことか、あと5秒で死ぬ男がゆっくり振り返り、
カメラ目線で、この映画の観客であり歴史の傍観者たちへご披露する彼の手の内にあったトランプカードこそ、
最後の切り札、ジョーカー!だったとは。
泣きながら笑った。人生はコメディなんだ。
と。
それにしても人は死を目前にしてまで性欲が暴力的に湧き上がるものなのだろうか?
ポーカー好き、つまり博打好き、女好き、だから成り行きで生きるの好き、そんな男の生涯の末路は結局ババを引くのでありました。
そんな映画ではない。
「人は砂漠に生まれれば砂漠に生きるものなのだ。」孔子。
うそ。それにしても、どうしてこうもネガティブはポジティブより底抜けに強いのだろうか?
「脳がそれを欲するのです。」急ごう。
私は戦後を生きる決心をしたものである。
戦後に必要なものは歌である。
下記に紹介する愉快な歌は、
私が生きるための座薬である。
ラッパと娘
作詩・作曲・編曲/服部良一
歌/笠置シヅ子
コロンビア・オーケストラ
※楽しいお方も 悲しいお方も
誰でも好きな その歌は
バドヂス デヂドダー
この歌歌えば なぜかひとりでに
誰でも みんなうかれだす
バドヂズ デヂドダー
トラムペット鳴らして スイングだして
あふればすてきに 愉快な甘いメロディ
ラ、、、、、 ダドヂパヂドドダー
ドヂダヂ デヂドダー
歌おうよ楽し この歌を
バドヂス デヂドダー
(※くりかえし)
「「モダーン百万パーセント」ジャパニーズソングス
M-1 酒が飲みたい/ バートン・クレーン
昭和6年から8年にかけて話題になった?
変な外人が変な日本語で歌う変なジャズ。
詳しく面白すぎるのでここでは省略する。
M-2 「ルンペン節」/徳山 ?
金が無いとて くよくよするな
金があっても 白髪は生える
お金持でも お墓は一つ
泣くも笑うも 五十年
ハハハハ…… アッハハハ
すっからかんの 空財布
てもルンペン のんきだね
スローライフは昔からあるのです。
M-3「ロッパ南へ行く」/ロッパ
戦時歌謡全集に納められている駄洒落満載の
エキゾチックサウンド
ペルーが軍艦4隻で浦賀にやってきたのは、
嘉永6年(1853)6月3日のことでした。
あのとき世界遺産である江戸文化を捨てた日本人は
あれからずーと狂ってるのです。
M-4 「ラッパと娘」/笠置シズ子
「歌およ楽しこの歌を」
このフレーズが日々私の脳裏に響きます。
毎日私をスウイングさせてくれる音楽が
私の心に響く音楽です。
M-5 「君微笑めば」
/リッキー宮川&コロンビア・ジャズ・バンド
私の永遠のエンディングテーマです。
朗らかに世を渡れ 笑うて暮らせ…
PS.
それにしても、これを書いたのは、
一体、いつの頃だったのだろうか?
投稿者 moichi : 2010年05月04日 10:51
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