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2010年01月01日

あけてうれしいすこしかなしい2

松陰神社2.jpg


そうか!とつぶやいた。

紅白を見ていて、思わず浮かんだことがある。

これまで時間とは自由にならないものだと信じ込んでいた節がある。

しかし今や紅白はアーカイブされ、端末機さえあれば

好きな時に好きな場所でいつでもみることができる。

しかもYOU TUBEに至ってはまるでタイムマシンを手に入れたかのように

当時は叶わなかった遠い外国で生まれた音楽を見ることも

忘れてしまった記憶を再生させることも簡単に出来てしまうのだ。

そうデジタル革命とは、

私の時間を拡張することではないか?

大晦日の前日、NHKは紅白六十回を記念し特別番組を放送した。

もちろん、今年の視聴率を上げるための作戦でもあるが、

才能はともかく、金と時簡ならたっぷりある。さすがNHK

たいへん良く出来たドキュメンタリーだった。

中でも特に印象的だったのは、

最初に映し出される紅白歌合戦の番組タイトルコールの変遷だった。

というのも、デジタル化の時代に入ってからは、

紅白歌合戦のお決まりタイトルコールの文字が

飛んだり跳ねたりあきれるほど工夫を凝らしているものの、

アナログ・モノクロ時代のたぶん切り貼りしてつくった

異様なタイトルコールの面白さの方に感動したからだ。

話がぶれた。

つまり私の時間が拡張され色々融通が利くということは、それはそれは便利なことだが、

それには少し悲しみが伴うということに気がついたのだ。

どんなに時間が拡張されても、結局私の時間は限られたものだという事実、

つまり失った時間を手に入れたように感じることは

すなわち自分の時間の儚さを実感することでもあった。

時間は誰にも平等ではあるが、私の時間は私にしかない。

自由になる時間を持ったという錯覚は自由にならない時間への思いでもある。

人々が無意識に動かない時間を共有しようとするのはその所為ではないか、

アーカイブされた時間はたったひとりのものだが、

誰かと寄り添う時間をいつしかひとは求めることになるのではないか。

紅白をみんなで見ているという時間を共有することの大切さ、

東京タワーの裾野にある増上寺に集まった新年を迎える人々、

願いを込めた風船を一斉に天に昇らせるその一瞬の時間、

それは数えきれないほどの人たちと共犯するから意味があるのではないか。

その昔、アメリカのウッドストックに40万人を超える若者たちが集まったことがあった。

それはベトナム戦争反対の意志を三日三晩ともに共有した時間だった。

目的はそれぞれあれど、あらゆる場所で、そこに集まろうとする真理は、

儚い時間を美しい時間へ変えたいという人々の思いのエネルギーではないか?

デジタル革命によって手に入れた「私の時間」は、

革命の成功と共にリーダーたちの心に生まれる哀愁と少し似ているような気もしないではないが、

これまでになし得なかった便利を手に入れた人類が新たに経験する

哀しみなのかもしれない。

ps.そうそう、ここからはこのブログを書こうとした大事な衝動を

すっかり忘れていた追加のフレーズです。


つまり、twitterを初めて二ヶ月あまりですが、なんでこんない楽しいのか?

私とおなじようにtwitterに集合する意識もこうしたことと無縁ではないような気がする…

って、と紅白を見ながら…つぶやこうと、して、ぶれぶれになった。お神酒はコワイ。

追加はここまで。


今年は寅年。

虎は千里往って千里還る。とか。

輪廻転生という解釈も悪くないが、残された私の時間はそう多くはない。

悔いのない一年に向かって全速力で走り抜けたいと思います。

明けて嬉しい、少し哀しい。

今年もどうぞよろしくお願いします。

桑原茂一


ps.おみくじは中吉だった。

恋愛 良くなる 父母に告げよ

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投稿者 moichi : 2010年01月01日 08:02

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