A to Z へ | « あと十年 | メイン | pirate radio »

2009年12月17日

イエローキッド

イエローキッズ.jpg

いつの時代も暴力は甘美な匂いをまき散らす?

若さ故の思慮分別のない無軌道さがどうしてこうもかっこ良く見えるのだろうか?

頭の中をそのまま映像化する時代?

確かにそれは誰にでも出来る可能性はあるが、

やはり、それなりの修練と執念が継続爆発しなければやっぱり出来ないとこの映画で知る。

さてさて、この映画の登場人物は危なくて、手がつけられない奴らばかりだ。

駄目人間のてんこもり。そういえば、

あのヤンキー座りする若者たちの意味するところは

”俺はおまえの視界にはいない存在じゃけん!”

それをアピールしていると聞いたことがある。

”ガンつけてんじゃねぇ〜よ。”

には、みてはいけないものを覗いた行為に対して

異議を唱えているのであり、

みるからに異様な風体で自分たちの存在をアピールしていたのではなく、

お前たちの世界には、「俺たちは存在しない」という抗議行動だったのだ。

で、そんな風に回りくどく言われてもね、

恐いものは恐いからさ。

怒りの沸騰点は0.001度でもより高い方が,その暴力を支配する。たぶん。

だから君もひつこいよ。恐いものは恐いから指の隙間からでもみたいモノは見たいんだし、

ごめんなさい。最初は舐めてました。

映像が暗くて安くて禿げていて、

スクリーンに写すにはこの画素数?では足りないんじゃないの?

出てくる役者たちもなんだか精彩に欠けているよな、やっぱ、卒業制作の作品って、この映画…

すっかりやられた、はめられた、あり地獄だった。

もう後半はスクリーンに悪夢釘付けうなされていた。

それはドラッグ食らってハシゴしたリアリズム映画が乱作の1970年代を彷彿させる

なんて言いたきゃ言えよ、例えば、70年代映画の金字塔「タクシードライバー」

あの、ロバート・デニーロに乗り移つられたような感覚を

「イエローキッド」で私は再会を果たしたのだ。

テーマがあってなくても話がどんなに糞でも金縛りにあったような暗闇で危なくて手が出せない奴らに袋小路で囲まれそこでボコボコやられたらもうもうどうしょうもないだろう。

ごめんなさい。すいません。もうやめてください。では救われない。

痛い、恥ずかしい、とうつむいて泣きながら帰るしかないじゃないか。

時代は凶暴なモンスターを生み出した。

その才能を、「ホープフルモンスター/希望にあふれた怪物」と呼んだのは茂木健一郎であった。

ホープフル・モンスター - カンブリア大爆発期に、奇妙な形のおびただしい生物種が 登場し、そのほとんどは滅んだのだが、それらのうちのいくつかは残り、メインストリームを 形成したのだという。

いつかメインストリームのスターになる男。

そう、そして、そのモンスターこそ、イエローキッドの監督 真利子哲也だ。

もうあなたは、この名前を覚えてしまった。

真利子達也.jpg

投稿者 moichi : 2009年12月17日 16:35

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://202.218.113.107/~kuwaharamoichi/blog/mt-tb.cgi/866