A to Z へ | « 2009年10月 | メイン | 2009年12月 »

2009年11月 アーカイブ


2009年11月27日

ART PICNIC 通信 本番マジか!2

ART PICNIC 会場 sound logo

大変長らくお待たせいたしました。どうぞ〜!

ArtPicnic



 安田 寿之 作曲

安田 寿之




投稿者 moichi : 08:19


2009年11月26日

複眼で行こう。

hibearbyebear:kudoku.jpg

複眼でものを見ることの大切さを痛切した。

高橋健太郎の講義に胸をグサッグサッ。

高橋はレコーディング技術の変遷をひもときながら

私たちが聞いて来た音楽の背景をその意味を

新たな視点でもう一度再確認識させてくれた。

これにはまったくすってんころりと感動した。

違うのだ。見事に違うのだ。

私はいったい何を見ていたのか?

目が見えてることとちゃんと目で見ることは

あまりにも違うのだ。

死ぬ前に気がついてよかった。で、

畳み掛けるようにというか
畳を三畳敷いて分かったこともある。

私の人生はずいぶん長い間毎日新聞を購読して来た。

二十年以上、もっとか、で、理由は、

毎日新聞の連載コラム「記者の目」の

「マリファナごときに目くじら立てて」

に心を打たれたからだ。

ちゃんと分かってる奴がこの新聞にはいる。

大麻をカウンター・カルチャーだと見下したり、

ただの犯罪者たち、だろうと簡単に片付けないで

その真実をしっかり見ようとする記者が毎日にはいる。

”大人の国なら、大麻ごときで目くじら立てるなよ。”

って。

よし。そんな新聞なら、

これからは俺も能動的に購読しよう。だった。

その後、同じく、記者の目で、

「一ドル一円の時代」の論考にも度肝を抜かれた。

これを書かれた菊地さんには、その後お会いして、

ずいぶんお世話になった。

現在は大変偉くなられたと聞いている。

がそれはともかく、

このところ、といっても、もう何年も前からだが、

こんな新聞なら、もういいかな。

そんな気分がつづいていた。

ずぶぬれの新聞をなんども届けられたことも
多少関係している。

つまり新聞は習慣性のあるメディアだが、

こんなに朝から落ち込む記事ばかりでは、

一日の始まりが、これでは台無しではないか…

で、ぐずぐず、数年…、

先週おもいきって、日経に変えた。

違った。認識の甘さに愕然とした。

極端な言い方が、

朝のワイドショーと日曜美術館の違いと言うか、

暴露覗きスクープ…そんな週刊誌的なタタキ記事と

どの記事も、考える人、的なアプローチの違いに

驚いたのだ。

日本の新聞は似たり寄ったりで、

大本営発表的で自主せいがなく、

儲け主義クライアント中心主義なのかと

これまですっかり信じ込んでいたのだ。

もちろん、まだ、変えてたかが二週間だから、

恋愛と同じで最初は新鮮で

いいとこばかり見えるのかもしれない。

とはいえ、複眼でものを見ることの大切さを

私は知ることになった。

だから、それだから、真実一路、

それにしても、ヒロ杉山の作品には今日も驚愕する。

365hiro183.jpg

365ヒロ183

格好良すぎやま。

私。も。やる。茶、

明日、金曜日のお昼過ぎ、

私の選曲がインターFMから流れる。

午後13時から,

待ったなし二十分勝負!!

ぜひ、お聞きくださりませ。


world time.jpg


おーい、今週の日曜日は、ART PICNIC だよ〜

忘れてないよね〜

全員集合!





投稿者 moichi : 11:39 | トラックバック


2009年11月25日

雑想する庭

明治神宮04.jpg


雑草という生き方。

茂木さんのヘアースタイルを眺めながら

自分の価値を鏡で計らない生き方に感動する。

雑草はこういう風に生きてやろう

なんて考えずに

ただ生きてるんだろうな。

dic132茂木Ague00.jpg

ただ、闇雲に生きる。


雲泥の差はあれど私もただ生きている。部類だ。

生きていかなければならない

その責任だけで生きている。のか、

自分が生きて来たこと

その全部に対する

責任において生きている。

じゃ、あらゆる借金が帳消しになったら死ぬのか?

生きる理由が色々ある=借金を返す

なされなかった思い=なしたい思い

無限=無限

理由を簡単にすることで思考を停止させている

そう考えてみることもある。

与えられた寿命をまっとうするように仕組まれている。

これも他力本願だ。

でもその方が少し楽ではある。

これ以上は進まない。

美しいという気持ちがある=生きている

実感!

その程度にしておこう。

明治神宮02.jpg

うつせみの代々木の里はしづかにて

都のほかのここちこそすれ

明治天皇御製


明治神宮御苑には皇后陛下様の元別邸が存在する。

かしこくも、その辺りから御苑を眺めてみた。


明治神宮03.jpg

道順を外し、分け入ると、

初老の老人ふたりが真剣にレンズに向かっている。

見たことのない?鳥を撮影したいのか?

気魄に負けて退散、

脱藩せよ!と茂木さんはいう。

来年の正月に茂木さんは坂本龍馬を題材にした特番を担当されるようだ。

ボブ・マーレーのエクソダスを聞きたくなることがある。

脱藩を繰り返し、命からも脱藩する。

脱藩には生きてやろうという希望がある。

ただ生きているようにみえる雑草にも

もしかしたら生き抜くという

意思があるのかもしれない。

○爆ドー○にだってきっと雑草は…

そう強く思ってみる。

神宮神域の維持・管理のためにワンコインを払ったが、

計ることの出来ない価値を私は感じた。

価値は自分で作るものだ。そう言い聞かせます。

それにしても、神様関係?は、お神酒がお好きなご様子。

明治神宮01.jpg

明治神宮00.jpg

そのせいか、どうか、

twitter みてると 

みんな毎日のように祝杯を浴びてるんだな。

本来お神酒は特別な祝祭のためのものだったよね。

不景気日本、デフレ気味日本、事業仕分け促進日本、

買われるのか日本、飼われるのか日本、変われるのか日本、

そもそも変わりたいのか日本!

飲む理由は確かに尽きない…





投稿者 moichi : 07:43


2009年11月21日

Mambo!!

幸宏.jpg


ゆ、

もいちとゆきひろのゆく年来る年〜

もいちは、忘年会やる?


も、

それでさ、最近分かったんだけど、

俺って、VENEZUELAの血が入ってるんだよね。

ゆ、

それは違うと思うよ。

も、

GUSTAVO DUDAMEL グスターボ・デュダメル

ヴェネゼーラの指揮者なんだけどね、

まだ、28歳で、天才だと思うんだよ、

クラッシックの概念を思いっきり変えてくれたんだよね。

ゆ、

いままでと、どこがちがうの?

も、

指揮棒が細いんだよ。

超細いんだよ、先が尖んがっててさ、

すっげぇ〜かっこいいだよね。欲しいよね。

でさ、カッコはダサインだけど、

演奏者全員が、すげぇ〜数なんだよ、

みんなヴェネゼーラの国旗をデザインした

ジャンパーを着ててさ、

若い奴らが、熱く演奏する訳、

俺たちヴェネゼーラに、熱い、熱い、熱い、

ものすごく、超、誇りをもってるよって、

その若い息吹が、めちゃ、かっこいいんだよね。

今俺は、彼のライブを見ることだけが

生きてる理由、なんだよね。

ゆ、

じゃ、かれ、日本に来ない方が、いいね。

も、

ロスでも、やってるらしく、貯金して行こうかな〜って、

ゆ、

ロスなら、安いから、貯金しなくても行けるんじゃないの。

も、

でも、やっぱ、彼の祖国、

ヴェネゼーラに行って、みたいかな。

余生をヴェネゼーラで過ごすのもいいかも…

だから、やっぱり、恋もしたいしさ。

ゆ、

無理だと思うよ。

しかも、ヴェネゼーラの女子は28ぐらいから

どんどん太るらしいよ。

も、

べつに、もっと、若くてもいいだけど、

ゆ、

それじゃ、犯罪になるよ、

も、

でも、どう考えても、

俺にはヴェネゼーラの血が流れてるよ。

ゆ、

なんども、いうけど、それは違うと思うよ。

も、

そういえばさ、日比谷のみゆき座ってさ、

いつのまにか、シネコンになっちゃっててさ、

そこで、ほら、あの映画、「パイレーツ・ロック」みてさ、

泣いて、笑いて、泣いて、

やっぱり、あそこが俺のホームだと分かったんだよ。

ゆ、

まだ見てないけど、それも違うと思うよ。

も、

それにしても、ここから見る景色いいね。


intereFM02.jpg

しかもスタジオの中はスリッパで、

みんなオシャレして来ても、パタパタ、だしね。

そういえば、ミリアム・マケバのパタパタなつかしいよね。

男と女のダバダバダも好きだけど、

全部、60年代後半、俺、童貞だったんだよね。

ゆ、

…曲かけてもいい。

も、

レナード・Bernsteinの

West Side Story Symphonic Dances から、Mambo

指揮は、ヴェネゼーラ出身の Gustavo Dudamel

Simon Bolivar Youth Orchestra of Venezuela


 マンボ〜!!


投稿者 moichi : 10:12


one image one concept

Beatle&comme des G.jpg


川久保 玲 さんに久しぶりにお会いした。

常にシェイプアップに時間を割いてるという噂を耳にしていたが本当にシャープでいつまでカッコいい。

川久保 玲さんを前にすると、

ぶれない。という言葉は他の誰にも使えない気がしてくる。

欲望 = one image one concept

それをつづける姿は、私には苦行にさえみえるが、

それも欲望に変わりはない。

としても唖然として息を殺して

その足跡を見つめる他はない。

博物館 トレーディング コム デ ギャルソン 

TRADING MUSEUM COMME des GARCONS

戦後の日本文化の系譜

(ここではない他に良いものがあるはず)を

まっとうに具現化した

ファッションに関するアイテム類の

商品販売を目的とした新店舗であった。

その目玉が、The Beatls

アップル・コア社の公式ライセンスの下、

コムデの水玉、ビートルズのリンゴ、融合

これもグローバル化か?

とあれ、私の心にひっかかったのは、

RCA MA修了作品を”デザイン ウイルス”と名付けた

Pieke Bergmans のガラス工芸

ガラス.jpg


EGG London (撮影してこなかった故。)

EGG London




投稿者 moichi : 09:13


2009年11月18日

HOLD ON !


19rooms strip.jpg

このところなぜかストライプが好きだ。

これもフェチと呼ぶのかもしれない。

色合いがとてもモダンで

何層にも重なる色彩のマジックに魅惑の宵だ。

年輪は年齢のことでもあるが

バームクーヘンは

香り以外は意外と味気ない。

で、おんなの写真集が送られて来た。

「19ROOMS」写真 NAOKITSURUTA

スター編集者da.というと 違う,と言われるが、

みんなジャンルは違えど

スポットライトのあたる華やかなステージに立ちたい

立ちたい気持ちは

ま、そんなに嘘はないだろう。

照れくさいも自意識の範疇だ。というから…

で、おんなだ。女優だ。ある人たちには憧れの対象だ。

が、ここに写された、おんなたちは…

私には強すぎる。これをみてむらする時代は

とっくに通り過ぎた。多分昔も今も

私の感性にこの種の高揚はなかったようだ。

おんなを獣のように写してしまった

ここでのカメラは

男たちの征服願望というよりは、

限りなく欲望がマイナスだから写せる。

ということではないか?

邪推はさてぼっき

これをみて欲情させては

女優さんたちや事務所関係者に

申し訳が、立たない立たない立たない。

だから、誰も、立つ(勃起)はずもない。

許された勃起はここまで、という世界。

つわり私の感性はこの際

この作品評価にも美辞ネスにも関係はないのだから、

作品への不満をいってるのではではなく、私は負けてる。

この作品の存在にもうすっかり負けてる。

別の言い方をすれば、この作品は成功している。

篠山紀信がその昔採集したおんなたちのポスターが

高額にも関わらず飛ぶように売れたとか…

その昔、おんなを昆虫採集のようにコレクションする

イギリス映画があった…

となれば、これは獰猛な獣たちのコレクションか…

とあれ、最前線に立つ勇気はもうすかっり

失っているということに、

思わず愕然とする。ではなく、

卍すべからず納得してしまうのだ。

年輪を重ねることはそう悪いことではない。とか抵抗ゼロ。

美しいおんなたちの、首から上は

いまや恐ろしくてみつめられないから、

盛りを過ぎた男たちの格闘技好きとは異なる

この程度が、私のボルテージ…

その反動ではない、決意を、

このあと整理してみるつもりだ。

泣いた,笑った、また、泣いた。

雷が落ちた 近年まれに見る ロックンロール・ムービー

「パイレーツ・ロック」

全身全霊 大絶賛へと向かう。

あの時代には確かにあった、が、今は失った。

そんな誤解や間違いや錯覚を

この映画は木っ端みじんにするのであった。

ジャパニーズ・ジェントルマン

スタンドアップ・プリーズ!


HOLD ON, I'M COMING !

19rooms.jpg


ps.私は行くコムデギャルソンBeatles


COMME des GARCONS.jpg




投稿者 moichi : 19:39


2009年11月14日

Bella Notte

twitter_logo_header.png


twitterを始めてから、自分では気づかなかったが、

「躁鬱」の躁の状態だったのかもしれない。

で、今朝の雨の所為か、昨夜のメイルの性か、

どうやら、ゆるやかな鬱に移り変わっている天気模様だ。

で、ブログが内省的になりやすく、

twitterは社交的、多罰的になりがちである。

…なんてつぶやきながら、ハットを冠っていい気分。

もともとブログ派の性格が

ちょっとしゃぶってる感じだろうか。

私は私が分からないと問題をすり抜けてミント…

または、seikoito のハイテンションに刺激を

受けているやも知れぬがそもそももの宮沢章夫はこのところどうしたのだ?

目的が消えてもらっては困る。

で、そのハイテンションが今朝はなんと私も同調する

Mon Oncle (1958)を紹介していた。

そう、

ジャック・タチの音響効果の使い方にいつも頭が下がる。

に加えサイケに向かう50年代後半の柔らタッチが

いつまでも好きだ。


その冒頭のシーンを見ていたら、

同じく五十年代ディズニーの金字塔「わんわん物語」を

思い出した。私のロマンチック趣味の原点のひとつだ。


tramp-1.jpg


音楽と映像のマリアージュで泣かせるという意味ね。



だきまくらもいいけど、大切なのは ぬくもり、だよね。


大切を大切に、

五月女ケイ子さんのコピーが、心にしみる 朝だ。

091105_愛&大切B2_M.jpg


そういえば、すべての「侘」は「もののあわれ」である。

そうだ。

侘は、侘びる、詫びる、でもあるのだろうな…意味深だ。

とシロクマくんに訊ねる。

しろくま.jpg




art picnicでプレゼント。

ART PICNIC

投稿者 moichi : 09:03 | トラックバック


2009年11月13日

起き抜け一発

Kite surfing Richard Branson gets the girl




More Outdoor >>



投稿者 moichi : 07:19


2009年11月11日

蛇男笑

立花ハジメのネットワークが面白い。

私が最も信頼しているカッコいい携帯サイト

THE END

再来週の月曜日になにかが起こるらしい。


投稿者 moichi : 17:40 | トラックバック


2009年11月08日

畳を一畳買ったのである。

畳.jpg


夏炉冬扇のごとし、衆にさかひて用る所なし

(柴門辞)

高邁不覊な性格が風流人には不可欠である。

少数者におもねる媚びも大衆におもねる媚びも

斉しく撥無した自在人が真の風流人である。

風流の基体は離俗という道徳性である。

つまり、風の流れには何らの束縛がない。

世俗を断ち因習を脱し名利を離れて虚空を吹きまくるという

気魄が風流の根底にはなくてはならなぬ。

社会的日常の形を取っている世俗的価値の破壊または

逆転ということが風流の第一歩である。


これだ。これだ。これだ。

イカを多めにしてほしやに干物を頼んだ。


そして、

世俗性を清算して自然美へ復帰することが

要求されるのである。

「風流のまことを啼くや時鳥」

そして俗の中にある風流である。

かくて色道と茶道とは

人生美を追う風流の前衛の役目をつとめるのである。

「色ふかき君がこころの花ちりて

身にしむ風の流れとぞみし」


はなぼうず.jpg

中川幸夫

中川幸夫2

中川幸夫wiki


旅と恋とが風流人の生活に本質的意義をもって浮き出てくることは当然の理である。


美的享楽が価値体験の絶対享楽として自己を否定する場面があることも知らなければならぬ。


原美術館.jpg


風流の滋味を味わう心はまた白露の味を味として知る心である。


畳を一畳買ったのである。


原美術館01.jpg



投稿者 moichi : 12:15 | トラックバック


2009年11月06日

END OF THE LINE

699acbed51afb619c641-L.JPG.jpeg


END OF THE LINE

END OF THE LINE-ラインの果て-

真っ白なパウダースノーに

流麗に引かれる一本の線が例えようもなく美しかった。

まさに息をのむ映画だった。

鑑賞中、ずっと頭を過っていたのは、

死と隣り合わせの時、

男は初めて男になるということだ。

急いで口で吸え!

別の言い方をすれば、

女とsexするより、

もっといいことを知っている男。

そいつが本当の男。

急いで口で吸え、言って見ろ!

女を追いかけない。

女に惑わされない。

女に翻弄されない。

全身ストレートにも関わらず、

女には目もくれない。

そんな生き方が出来る男。

傷口を急いで切り裂き、急いで口で吸え。

言ってみろ!

女は二の次。

それをはっきり断言出来る男。

そんな奴こそ、女からも、お釜からも、

「男らしい男」と呼ばれるのではないか。

決闘のない時代。戦争に狩り出されない日本。

武士は食わねど高楊枝。は死語。

武士道の道を外せば問答無用即刻切腹なんてダル〜

人に迷惑かけなきゃ何やってもいい。

という真っ直ぐな勘違い。

自由というヘロインに

どっぷり浸かった外道が平気でのさばる社会。

羊の皮を被った狼

『偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼である。
(マタイ7;15)』

しかも羊の皮を一見被っているが、

見事に痩せて肝を抜かれた狼たちの群れ、

そんな自由という名の地獄からとっととエクソダス

Exodus 『栄光への脱出』を計れ!

そうか、あの、「孤高の人」という意味は、

鋭利な刃物のようなアラスカの山々の頂上に立つ

男たちのことだったのか。

そいえば茂木健一郎さんも言っている。

人は絶壁に立つときこそ、

脳はジャンプする。

かなりたぶん。

つまりいまさら誰に言われるまでもなく、

山の男たちは、

本当の男たちは、女を征服するのではなく、

昔からず〜といつだって自分の絶壁を目指していたのだ。

その「男らしい」は

ほとんどマイノリティーになってしまったが、

いつの時代も変わらない真理はある。

本物の男は、

女の前で決して男らしさをひれかつサンド。

だから男らしい男は

ますますどんどんつぎつぎ山へと向かうのだ。

そして本当の男たちは、

間違いなく歌が好きだ。

山男の歌

1) 娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ
  山で吹かれりゃよ 若後家さんだよ

(2) 山男よく聞けよ 娘さんにゃ惚れるなよ
  娘心はよ 山の天気よ

(3) 娘さんよく聞けよ 山男の好物はよ
  山の便りによ 飯盒の飯だよ

(4) ナーゲル踏みしめ 尾根行く心はよ
  仰ぐ白峰(しらね)のよ 北岳ピークよ

(5) 春夏秋冬(はるなつあきふゆ) 山行く心はよ
  希望大きくよ 親しい友とよ

(6) 登頂の終わりの ヤッホーが響けばよ
  今の苦労もよ どこ吹く風だよ

山男の歌


子供の頃は思い出しても恥ずかしかったこの歌が、

実はこれほどまでに男の真理を歌っていたとは、

ハハハ、気づかなかった。

男が男であった時代。

男は黙ってビールを飲んでいた時代。

男たちは、女には目もくれず山へ向かったのだ。

そして今日、

END OF THE LINE-ラインの果て-

を目撃した私たちは、

これまでのように、これからも、

実は左右対称では微妙になく、

プルんとして触ったらマシュマロのように柔らかい

時折目にするあのふたつの山ではなく、

触ればピシッと血が出る鋭利で刃物のような山を、

私たちはめざしは焼いて食べなければならないのだ。

だからつまりこの男の中の男の映画を見たら、

誰もが本当の男になりたい。

と考えるのではないか。

楽な道は選ばない。

バブルの道も一歩から、

金なんかなくたって、女にもてなくたって、

男には山があるんじゃ。

この不景気の時代にこそふさわしい

元気の湧き出る映画だと

私は心を祭りにして帰路についた。

追記。

音楽の使われ方がギアー?になっていた。
カメラが自然の美しさを愛でるように
映像はもっと音楽と寄り添って欲しかったなぁ〜と

images.jpeg



そうそう、山の人は賢い!そんな山の男の話が聞ける耳寄りなイベントがあります。

山の人は賢い|UP ON THE ROOFの立体版。

club dictionary#08 で体験出来ます。

club dictionary#08

最新号で体感出来ます。

dictionary130

投稿者 moichi : 22:51 | トラックバック


2009年11月04日

ART PICNIC 通信 01

東泉一郎さんがいつでも消せるグラフィティーを提案!!

もう8年前からこの手法をつづけているそうだ。


東泉一郎1.jpg

ブルーのガムテ一本!

当日はLIVEでその技を見せてくれるそうだ。

ART PICNIC


東泉一郎9.jpg


投稿者 moichi : 22:46 | トラックバック


2009年11月03日

踊りなさい。キッチュ!

kuso.jpg


人間が神の姿に似せて作られた。とすると神は腸を持っていることになる。

糞は悪よりもはるかに困難な神学上の問題である。

神は人間に自由を与えた。

従ってわれわれは神が人間のもろもろの罪に責任がないというのを結局許容することができる。

しかし、

糞に対する責任は人間を作り出した者だけが全面的に責任を負うことになる。

人間がまだ天国にいることが許されていた間は、

アダムとエバは、ヴァレンティノスの考えによるイエスのように、

排便はしなかったか?

糞が糞として認識されたのはいつで、それはなぜか?

人間が恥ずべきものとして糞を認識したことで、同時に、

性的興奮も知ったのである。とされている。か、

…性的興奮はこの世ではむだなものになることを意味する。

男根が頭をもたげるのは性的興奮を感ずるからではなく、

そう命令するからである。…天国にあったのは快感であって、

性的興奮ではなかったことを、よく記憶に留めておこう。だって、

で、人間が神の姿に似せて作られた。とすると神は腸を持っていることになる。

とすれば、糞が不道徳であるなどと、まさか主張なさりたくはないだろう。と。

糞との不同意は形而上的なものである。

排便の瞬間は創造の受け入れがたさを日々証明している。

…存在と絶対的同意の美的な理想は、糞が否定され、

すべての人が糞など存在しないかのように振る舞っている世界ということになる。

この美的な理想を俗悪なもの(キッチュ)Kitsch という。

これはドイツ語の単語で、センチメンタルな十九世紀の中頃に生まれ、

すべての言語にひりがったものである。

ところがしばしば使われているうちにもともとの形而上の意味を失ってしまった。

すなわち、文字通りの意味でも比喩的な意味でも、

キッチュは糞の絶対的否定になった。

キッチュはそれ自身の観点から

人間の存在において本質的に受け入れがたいものをすべて除外する。

存在の耐えられない軽さ ミラン・クンデラ から

めちゃくちゃでたらめカットアップした。

から、キッチュは糞の絶対的否定になった

さて、その昔、ファッション業界で少し話題になった「シープ・シック」

(1975年、アメリカの2人の女性ジャーナリストによって書かれた)


VIQgyjr6G5lacve9RfaogHK8_400.jpg


確かこの中に「キッチュ」という言葉出てくるだよね。

あれからずっと深く考えずに使い慣れてしまった言葉だが、

つまり、私の友人に、

「キッチュ」と呼ばれるタレント・俳優・コメディアン、が存在しなければ、

こんなに目を細めてブログを書くこともなかった。

元はと言えば、Twitter つぶやき、の所為だ。

だからキッチュがフォローしてこなければ、

もっといえば、あの陽気な敬愛する宮沢章夫に

そのTwitterについて興味深く語られなければ、

私はすっかり踊らされたともいえる。

夏に踊ったのなら、冬にも踊りなさい。

この、存在の耐えられない軽さ。



投稿者 moichi : 08:42 | トラックバック