2009年06月 アーカイブ
2009年06月30日
♂♀♬♬♬→1Q84

Listen Read Man Woman 01(READING×MUSIC)
「利休にたずねよ」山本兼一著
朗読 大貫妙子 音楽 阿部海太郎
選書 映像 桑原茂一
大変実験的な試みを決行したclub dictionary # 04 無事終了した。
身体がつるほど緊張を強いる初めての試みを黙って努め上げてくださった
大貫妙子さんと、
ゆで卵の表面のような素直さでオリジナル曲をつくってくれた
阿部海太郎くんの
お二人の労をねぎらうために無理を言って
お気に入りのフレンチを開けてもらった。
お二人はグラスシャンパン、私はグラスの白ワインで乾杯した。
パリには縁があるらしく何度も通われた大貫さんは赤ワインが好み。
そしてパリに留学した経験のある阿部君もワインの趣味もなかなかだ。
一本目の軽め?の赤ワインが空いたころ、ようやくその夜の緊張がほぐれてきた。
シンプルでまやかしのない大貫さんの発言に、私は背筋を伸ばして沈黙するのみだ。
そして阿部くんのどこまでも柔らかく心豊かな感性にまたしても惚れ直す。感性にね。
噂によるとその夜を前後して幼なじみの女性と契りを交わしたそうで、
つまり結婚を前提にした同棲生活が始まった…あくまでも噂ですから、
いいたいことはそれではなく、
海太郎くんのぶれない心根に愛を育むための時間を惜しまないそのひたむきさに、
大貫さんもいたく感動したようだ。(そこがいいたかった)
普通、男はね、…と。音楽家たちの激しいその辺りの世界を知る
大貫さんの言葉は辛辣だ。
赤ワインも軽いか重いかの表現ではなんとも届かないが、
その重いワインへ進むうちに話題も暗い底なし沼に向かう、
情報は受け取った段階で死んでいるのよ。大貫
メディアをやってる茂一さんは気をつけるべきね。大貫
この時代は、もう音楽がどうこうなんていってる時代ではないのよ。
生きるための、お米のことや、水のこと、そっちが先でしょう。大貫
だから、webにあるものは所詮すべて情報でしょう、
全部死んでるのよ。なにもないのと同じ。大貫
ライブ以外にいま本当のものを感じることは出来ないわね。
今夜もそのひとつだったけど、大貫
…↓シロクマを殺してるのは私たちだし、人類はこの地球の中で、
一番出来の悪い生き物ね。大貫
ぼくも、ずっと、そのことは考えていました。阿部
…人類に起こる いいこととわるいことは
必ずイーブン(等価)ではないだろうか… 桑原
そう思いたい気持ちも分からないではないけど…大貫
ど、どうも大貫さんからはすっかり匙を投げられたようだ。
そうかwebは墓場か、
じゃ俺たちは墓場荒らしみたいなもんだね。と思ったが、言葉にはならない。
ねぇ〜わたしたちみんなでパリに行かない?大貫
それはいいですね〜阿部
二泊三日で、大貫
そ、そんな…桑原
だって、みんな忙しいでしょう、で、一緒にいっても、
それぞれがそれぞれの会いたい人あえばいいのよ。大貫
昼間34度を超す暑さだったにもかかわらず、冷たい雨がしっとりと舗道を濡らしている
別れ際に、まるでパリジェンヌのような抱擁をつよく阿部かるく桑原と交わし
素敵な笑顔を残し大貫さんはタクシーで走り去った。
…今回のことは自分の音楽人生の分岐点だったかも…とまで,
どこまでもどこまでも優しい海太郎くんも彼女のもとへ
夜はあっけなく終わった。

その学問の目的のひとつは、人々の抱く個別的なイメージを相対化し、
そこに人間にとって普遍的な共通項を見いだし、
もう一度それを個人にフィードバックすることだ。そうすることによって、
人は自立しつつ何かに属するというポジションを獲得できるかもしれない。
言ってることはわかるかな? 1Q84 Book1 p267 引用
「人間の霊魂は理性と意思と情欲によって成立している。
と言ったのはアリストテレスでしたっけ?」天吾は訪ねた。
「それはプラトンだ。アリストテレスとプラトンは、たとえて言うならメル・トーメと
ビング・クロスビーくらい違う。いずれにせよ、
昔はものごとがシンプルにできていたんだな」 1Q84 Book1 p310 引用
「こういう言葉もある」と小松は言った。
「あらゆる芸術、あらゆる希求、そしてまたあらゆる行動と探索は、
何らかの善を目指していると考えられる。それ故に、
ものごとが目指しているものから、善なるものを正しく規定することができる」
「なんですかそれは?」
1Q84 Book1 p307 引用
つづく。

ps.この八百万の神をテーマにしたヒロ杉山さんの作品が今私の事務所の神棚になった。
昨夜、その杉山さんが、”大貫さんの朗読がもっと聞きたかった”といってくれた。
今日は早速手を合わせようと思う。
2009年06月27日
いい わけ。

小説を書くとは、言い訳を書くことだ。
と私は呟いた。
またしても身勝手な推理を発見した。
「羊を巡る冒険」で涙腺を緩ませたあの頃を思い出せないが、
なぜかあれ以降買っても最後まで読み通した実績のない私だが、
今回の1Q84は一気に爆読した。
もしかしたら読書力が淡く向上したのかもしれない。
なんたってあの内田樹さんが、読み終わるのが
名残惜しい1Q84ブログ発言?に触れて
急いで口で吸えした身としては一寸先はもう道中膝栗毛である。
やはり売れる本はエンターティメント性に飛んでいるのですか。
何にも起こらない物語映画の限界はうすうす感じていたものの、
映画の原作にこれなら一直線とも感じた
大衆小説のありようは、結局ここまでやるんだね。
…やるときはやるんですねどんなだれでも。
なんだか、安心したというか、人間はそんなに…
高尚な生き物ではない?
とも言い切れないからますます私は夜はトマトだ。
引用1Q84
「自分は思い出し損ねているのではないか、
という感覚が天吾にはずっとあった。
それが、靴の中に入った小石のように、
ときどき彼を落ち着かない気持ちにさせていた。」
引用終わり
靴の中に入った小石のように、落ち着かない気持ち…
なるほど、小石の例えが200万部作家の個性だとするならば、
売れない作家?及び凡人(私)の個性なら、
どんな例えを選ぶだろうか?
歯の隙間に残ってしまった食べカスが取れない。
空っぽの財布で一日過ごさなければならない。
携帯をホテルに忘れてきた。
検便で鮮血反応がプラスだった。
子供名前がもう一週間思い出せない。
う〜ん、どれをおとりになってもね。
引用1Q84
「天吾は黒板を消すように意識をまっさらにし、
もう一度記憶を掘り起こしてみた。青豆について、
自分自身について、
二人のまわりにあったものごとについて、
漁師が網を引くように柔らかな泥底をさらった。」
引用終わり
黒板を消すように、か、
答案用紙を破り捨てるように、
結婚指輪を海に向かって投げ捨てるように、
徴兵令状を噛み砕いて飲み込んでしまうように、
どこかが、違う、
漁師が網を引くように柔らかな泥底をさらった、
泥底か、水銀中毒も怖いな、痛い痛い痛い
みんな忘れているがうまい魚も汚染がね…
うん?話がそもそも違う。
ダイソンの掃除機でその男の精液を吸い取ってしまった。
これは痛そうだ。
目的は、いいわけ だ。
引用1Q84
「空気さなぎ」は幻想的な物語のかたちをとっているものの、
基本的には読みやすい小説だった。
それは十歳の少女が語る口語を模した文体で書かれていた。
むずかしい言葉もなく、強引なロジックもなく、
くどい説明もなく、凝った表現もなかった。
物語は終始、少女によって語られる。
彼女の言葉は聞き取りやすく、簡潔であり、
多くの場合耳に心地良いが、
それでいてほとんど何も説明していなかった。…」
引用終わり
一見、1Q84 の読者に自ら言い訳しているようにもみえるが、
さらに引用、
「ほとんどの読者がこれまで目にしたことのないものごとを、小説の中に持ち込むときには、なるたけ細かい的確な描写が必要になる」
言い訳しながら、解説しながら、作家は未来の書き手に
世界の見方を伝授する。
だから現代人のコミニケーションのあり方への
批判とも受け取れなくもないことがらも…
リチャード・キンブル、職業医師、
彼は身に覚えのない妻殺しの犯人として逮捕され刑務所へ護送中に
からくも脱走した。
私の曖昧な記憶がなぜここに出てくるのか?
つまり、
説明しなければ分からないことは、説明しても分からない。
この決定的な短距離真理とそれがツインになっている
と思われなくもない、
「なんの説明もしていない」
現代社会のあり方に、
批評でもしなければ気持ちが収まらない
欲望=真理
いつまでもループするように相手に時代に会わせるように
ここでは簡潔な言葉で語られ、
我々の置かれている無重力さをそこはかとなく
認識させようとしている企み。
そんな風に読解したとしても次回の戦争に、
まさかこの歳で、狩り出される徴兵されることは
いくらなんでもないだろう
と高をくくっていることもどうですか。
つづく。
話すことがもっとあるのに…
あっ、言い訳は 良い 分け かも…
で、明日は本番。
clubdictionary#04
男と女のダバダバダ
大貫妙子さんと阿部海太郎のみたこともきいたこともない
オリジナルセッションが計画されています。
「利休にたずねよ」山本兼一著 から私が抜粋した物語を
朗読して頂きます。音楽はすべてオリジナルです。
美しい映像が浮かぶであろう、この実験的な試みは
私たちのリアルな物語を淡く浸食するかもしれません。
ぜひ、お出かけください。
恵比寿駅から恐ろしいほど側のレストランがその舞台です。

余談だが、この国にも階級社会は歴然と存在しているんですね。
その昔、といっても、
ロックミュージックが日本に開港を迫った時代に
よく聞いた話だが、未だに階級社会が現存する英国では、
サッカー選手になるか、
はたまた、ポップ or ロック、ミュージックのスターに
成り上がる 以外に、人間をきっちり差別する区別する
階級社会からの逸脱はありえないと。
つまり社会の底辺(泥底)での生息を余儀なくされた
ワーキングクラス (市井の人とも呼ばれる場合もある)
は、ロック or サッカー!
人類って今のところマザーサッカーだ。
なんて、すねてみたとて、成功すれば、白人になれると信じた
マイケル・ジャクソンの時代がとうとう終わってしまった。
渋谷の家電量販店今は亡きドイカメラで、
一瞬、二人きりになった経験もある私としては追悼。
二百万部も脅威だが、七億五千万枚は神の領域だ。
しかもマイケル・ジャクソン物語はノンフィクションだから…
ここではみえない世界があったのかも…
何か大切なことを伝えようとしていたのかも…
謎は謎のまま。
2009年06月14日
麻薬とは何か

よりぬきスネークマンショー 「これ、なんですか?」 (単行本)新潮社
スネークマンショー (著), 桑原 茂一2 (著)
2003/12/17
もうそんなになるのか〜
実態は吉村栄一名編集者作品であるその発行元 新潮社の担当編集者で
なんと吉村君の同郷でもある、もちろんYMO世代でもある大久保くんが、
佐藤哲彦 清野栄一 吉永嘉明 新潮選書
「禁断の果実」五千年史「麻薬とはなにか」送ってくれた。
なぜかこの本も、大久保くんと同郷の清野くんとタッグを組んで、
五年がかりで編集したそうだ。
確かに時間の重みが大変だったであろうその過程が
しっかり本のタイトルにも現れている。
「禁断の果実」五千年史 「麻薬とはなにか」
サブ軽系のドラッグ本は数あれど、
麻薬を人類の権力と欲望の歴史と捉え、
それを俯瞰から冷静に見るアプローチは
これまでなかったのではないか。
私の勝手な理解をアプローチとよんでしまったが、
このところ、江戸時代後期から維新へ向かう時代背景を舞台にした
書籍を探る嵌る唸るせいもあって、
知らなかった教えてもらえなかった隠されていた
歴史の正体をお勉強するのはとてもエンジョイ桑原です。
従ってこの労作を私は支持します。
国の借金が何兆円とか企業が倒産して何兆円とかいわれても
凡人の思考は停止してしまうように、
五千年の歴史と大上段にかまえられると、一瞬ひるんで、
わかるところから、トッツキヤスイところから、眺めていくことになるが、
どこから読んでも、この麻薬とは何か?は実に面白いのだ。
とうぜん私的には、大麻 マリファナ のくだりに真っ先に目が向くが、

どっこい、キングオブドラッグ 上がる コカイン 下がる ヘロイン
の歴史はやはり王道で面白い。
始まりは薬だったものが、あるときから、麻薬になる。
基本は権力者の損得だ。
麻薬がなければ生きていけない身体になってしまった私には、
もちろんこの国での合法薬ですが、
いい薬と悪い薬を権力者たちの都合で決めてしまう歴史に学ぶことは
なんだ、人間は自由になんか生きられない。生命体なんだと心底自虐する。
共同幻想という表現もあるが、社会の一員であることから逸脱することは
あなたは、私は、存在しないということ。
それをがんじがらめに間違いなく認識させるために、
お金という置き換え方法や合法的にした方が融く魔薬が存在するのだ。
しかもすべてこれは人間を幸せにするという名目だから、
所詮羊は羊のままだ。
つまり幸福になるためにしっかりお金を稼いで遂には病気になり、
合法的な麻薬を使って病気を克服し、時にはさらなる病気を併発し、
幸運にもなんとか生還した暁には、
もういちど引き続き幸福になるためにひたすらお金を稼ぐ。
この循環を人類はあきらめずにつづけているようにみえる。
権力者の支配者の勝手な都合でよく聞く薬を麻薬と呼んで、
それに溺れる輩を社会性のない存在と断定する。
本当は被害者はいないにもかかわらずだ。
だってそれも生き方のひとつではないか。
例えば、ウイリアム・バロウズのように、生涯麻薬と供に生きた。
しかも、一部の方々からは一部の地域では賞賛されているんです。
魔、「禁断の果実」という響きだから、賞賛されるのかも知れないが…
いつの時代もやってはいけないことを、やるひとを、
賞賛する傾向は確かにある中。
反逆者=ヒーロー
”根はパンク” 最近はあまり聞かなくなったね、このフレーズ。
そうそう、昨日、久しぶりに藤原ヒロシと対談した。
この二十年なんにも変わらない私のアジトに来てくれ
ずいぶん変わってしまった私と多少風貌は年齢の影響は受けているものの、
一ミリもぶれないヒロシの口調にうれしくなった。
彼はあらゆる麻薬に無関心だが、脳内麻薬の使い方にかけては天下一品だ。
アクション・スポーツのことね。
死ぬまで私には金の心配はない。ひとつの極みにいるオーラは静寂だった。
侘び寂び、ではないだろうが、枯れてなお美しい。みなぎらない優しさ。
カネだ、カネだ、と脂ぎったオーラ(さすがに最近接しないが)とは
真逆の静かさがヒロシにはある。
きっと、毎日自分を鏡に映し、君はどうしたいの?
自分が本当に望むことだけして生きている。
からだろうか。
達観しているともいえる。脳内麻薬を使い切った後の…
それは惚けた世界なのだろうか。
こっそり、でもないだろうが、
某有名大学の学生生活を一年ほど楽しんでいたという話も、
まったく、自由?なヒロシらしい。これからどんな爺になるのか誠に楽しみだ。
それに引き換え、というしかないが、少し先に糞爺になる私を振り返れば、
つらいことが多いのは、感謝を知らないからだ。
苦しいことが多いのは、自分に甘いからだ。
心配事が多いのは、毎日を真剣に生きていないからだ。
行き詰まることが多いのは、自分が裸になれないからだ。
(ボケ思い出し引用)
たぶんこんなことが書いてあった。
いきなり開いたページがこうだから堪りませんMYWAY
ヒロシに会う前の昼ごはん時ね…
そう時々行きつけの、身体がきれいになる気がする。カフェ・マルゴで、
軽やかなベジタブルランチほっこり気分に
こんなのがあるんですよ〜とステキなまりこさんから見せて頂いた発酵文化本?
合法麻薬であるアルコール=酒のことね。
なんでも発酵君は、仲良くする心から豊かな美味しい発酵が生まれるそうだ。
で、仲良きことは美しきかな。

ヒロ杉山
敬愛するエンライトメントのヒロ杉山さんが毎日ブログで絵を書いている。
これがもうもうれつに強烈なんです。
だってもう毎日なんですから…
実はあるときヒロさんとの食事の席で私がほんの軽い気持ちで口走ってしまった…
ブログで毎日絵を書いたらどうですか…なんて無責任なことを…
が偉人は違う。やるんです。本気です。感動です。人間です。人類です。
もしかしたら脳内麻薬が爆発しているのでしょうか?
毎日、毎日、毎日、波に乗る人もいる。
毎日自転車に乗る人もいる。毎日○○に乗る人もいる。ように、
毎日絵を書く偉人ひろいすぎやまが存在するのです。
要は毎日が大事ですよね。時々ブログを書くん、じゃぁ〜ね〜
2009年06月06日
見ていても見ていなかった

見ていても見ていなかった
このフレーズに寸ときた。
杉本博司の「現な像」(うつつなぞう)を読み始めたらこのフレーズに出会った。
見ていても見ていなかった。
読んでいても読んでいなかった。
聞いていても聞いていなかった。
食べていても食べていなかった。
セックスしていてもセックスしていなかった…
ひととはなんと、うつろな、いきもの
ひととはなんと、虚ろにも 生きて
存在する いきものであろうか。
確かに、息をして、動いてはいるが、そこに魂は
入れ忘れて、あえて入れず、どちらでもない、
そんな生き物が溢れ生息する都会で
私は生きている。
二十代でも、三十代でも、四十代でも、五十代でも、どの時代でも
繰り返し、必ず話題に上る
そうあの茂木健一郎さんも 俎上に載せる事の多い
日本映画の名作 「東京物語」
Life is disappointing,Yes it is
と英語で表現したスーザン・ソンタグに
ハッとした杉本博司さんの息づかいは、
この時代を同伴する凡な私にも寸ときたのだ。

『 京子「いやーね、世の中って」
紀子「そう、いやなことばっかり」
原節子扮する紀子がこのせりふを言うときに私はどきりとしたのだ。
彼女は全世界を否定するせりふを言いながらも、
微笑みを浮かべてまるで観音菩薩の来迎のように見えるのだ。
杉本博司著「現な像」引かれ者の小唄 より引用 』

つまりみんながすごいすごいというひとの息づかいは
すなわち時代の息づかいというこになる。たぶん。
寸寸と、もっと、もっと、もっと、と、その息づかいに俺も突っ込んでみたい。
なかなか突っ込めないエイジングに…
いつしか私もなってしまっているのだから空…

「…戦争を生きた世代は少なくなり、何事もなかったかのように生きる世代が、
この国の大半をしめる時代になった。私もまったくその世代で、
戦争のために人を殺したり家族が死んだりすることのない
平和な時代を過ごしてきたと思う。しかし、父の背中を見て育ち、
あまり家族には語ることのなかった戦争の悲惨さについて、
なにかのはずみで父の口から語られる時、その重さと悲しさが、
ずっと楔のようにあの時代と切れることなく現在まで繋がっていることを知る。
特攻隊員で父の戦友だった加治木少尉の残した
「人が人を愛し、愛する者のために犠牲になる心のある限り、
日本民族は滅びる事はない。俺はそれを信じて逝く」の言葉。
私たちは、この国のために命をおとした人たちに、
恥じない国を守っているだろうか。私はそうは思わない。
そのことを考える時、ほんとうに申し訳なく思う。日々そう思っている。」
空蝉の夏・大貫妙子
新潮社 考える人 連載中「私の暮らしかた」 より引用
昨日、大貫妙子さんと初めて電話で話した。初めて電話で話した。
今までも、
”私、以外と面白いの好きだから”と挨拶ぐらいはしていたが、
たぶんスネークマンショーのことなら私も知ってるよって
気遣ってくれているのかもやさしい…で、
「考える人」でこの文章を読んでからは
大貫さんの前に出るといつの間にか緊張モードが発令されてしまうのだ。
心で敬礼!!
だから昨日の電話も、電話で話した。事だけしか思い出せないのだ。
それをボケともいう。
しかも最近ますますほどよく忘れもの物忘れもをする私の魂は
あんなに小柄にみえても漆黒の強い魂の宿る凛とした大貫さんの佇まいの前では
すっかりドリフターズしてしまうのだ。浮遊するのね。
そんなふらふらの私がいま入れ込んでいる
あのメロディーメーカー阿部海太郎が
大貫妙子の朗読にその場で音楽を奏でるっていうじゃないの。
しかも人間シヌッ通じゃないの。
急告!救国? 6月29日月曜日夜18:00 魂の置き忘れを憂う集いがあります。
お経よりもなんだか浮かれるあのラテンのリズムでお迎え致します。
みなさまぜひお誘い合わせの上ふるってご参加ください。

