2009年04月07日
長芋
「無償で読む機会が提供されたら、もう有償で購入する人はいなくなるであろう」
と思っている人たちは、どこかで「栄光」をめざすことを断念した人たちである。
Googleとアメリカ作家組合のフェアユースと著作権をめぐる裁判が
和解した結果、ベルヌ条約に参加している日本の著作権者たちも
本年5月5日までの期限付きで、
コピーライトにかかわる選択をしなければならないことになった。
思い返せば、教授と久しぶりに連絡をとった理由が、
インターネット上で自分の楽曲を自由に使用する権利を主張した
坂本龍一さんの姿勢に共感したからだった。
あれから、もう十年以上経つのか。
生き急いでるわけではないのに、お尻に火がついた人生はマッハのごとくだ。
で、内田さんの「栄光」を支えているものは、合気道という、
精神と身体のバランスを日々調整する、日々鍛錬する、
日常の作法から生まれているのではないか?
そうした日々の積み重ねからしか、
美と道徳は生まれない。という事実。
真実は、そうした日々の鍛錬からやってくるのだろうな。
かなり、遠くの方からね。
降臨、降りてくる。という言い方に、つながるやも…もやもや。
じっと、我が手をみる。(しわが増えた。)
さて、借金は未来を先食いしているのだろうか、
未来に残すべき美しい土地(地球)
を、枯れ葉剤や農薬ずけにして、
金もうけのために草木も生えない荒れ地にして、
そこに恐ろしいほどの原価があるにもかかわらず、
表面上は安くコストを抑えてるという勘違い。
未来を食いつぶしているにも関わらず、
私たちは魅惑的な広告に煽動され、
どこよりも安くて、魅惑的な商品を買って満足する。
目の前にあるもの、見えるものだけが、真実だという無知。
騙し絵のような企業に支えられた文化事業に
ひれ伏す羊=私
それを支える資本主義という道徳。
長芋には、ではなく長いものに巻かれてしまう、
アイデンティティー=羊、
自ら奴隷になっている事実に目をそらす日々、みんなで渡ればにら、
なにいっても、しかたないじゃん〜どうせ、
どうせ、かわらない〜わか〜んない。
ほんとうにそうだろうか?
プラハ、オバマ、核廃絶、
この三拍子で、世界は湧いた。
三拍子メロディーで坂本龍一の岡山公演は湧いた。
(映像付きで後日)
プラハ、オバマ、核廃絶、
一秒前まで、沈黙したままだった資本主義メディアは
凍結させたままだった被爆国日本の存在を
さも当然のように、堰を切ったように、高らかに主張し
核廃絶のモラルを絶賛する巨大?メディア。
手のひらを返すように、ころっとね。
オバマの一言が、世界を変えた?
オバマのたった一言で、未来は明るい。と思った。
これも無知かもしれない。
が、世界が YES WE CAN! なら、可能性がないとはいえない。
ひとはきもちだから。不況という気持ちもメディアが作っておきながら…
もうきっぱり資本主義の道徳におさらばする時ではないか。
そのルールから、い・ち・お・り・た 一、降りた。と。
いち・にぃ・の〜、さん、ジャンプ!
えっ?おれだけ。
命かがやけば、恋が生まれる。(利休にたずねよ/山本兼一著)
いいんだこれが。

投稿者 moichi : 2009年04月07日 07:30
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