2009年03月 アーカイブ
2009年03月31日
うれしい誤算

第一回目のclub dictionaryが無事に終わった。
酸欠騒ぎになるほど沢山の方がお見えになってくれた。
正直うれしかった。
でも立ち見で最後までおつきあいくださった方々には
感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝感謝
です。進行役と選曲の二本立てで、
写真を撮る暇がまったくなかった。目が回った。
撮れたのはこの写真だけ。よかった。
レオ吉田も、平間至も、高崎君も、キョンちゃんも、かつさんも、
エレキコミックも大堀君も、ラファエロも、
かわかつさんも完ちゃんも、阿部海太郎も青柳君も…民さんものむらさんも、
みんなみんなありがとう。
来月また会いましょう。
つづけますね。

2009年03月29日
月曜日、青山のCAYでお会いしましょう!
みんな待ってるよ〜
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クラブキング最新情報 [2009.3.28]
CLUB KING Mail Magazine
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CLUB DICTIONARY #1 Organic Lounge 3.30(月)開催!
月曜日、青山のCAYでお会いしましょう!
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月に一度は、青山のCAYで会おうよ。
「CLUB DICTIONARY」
【CLUB DICTIONARY #1 Organic Lounge】
【日時】2009.3.30(月) 18:00/OPEN 18:30/START
【会場】EATS and MEETS Cay (東京都港区南青山5-6-23 スパイラルB1)
●TALK 祝「ホノカアボーイ」サントラ発売
映画「ホノカアボーイ」の舞台、ハワイ島ホノカアでのエピソードや
映画と音楽の関係など、ゆかりの面々をお迎えしてお送りする、極上のひととき。
スクリーンでは、写真家 平間至による
アンビエントなハワイの風景のスライドショーを。
ハワイ・ホノカアの風を青山で。
吉田玲雄 *Porter Classic/「ホノカアボーイ」原作者
小泉今日子 *主題歌「虹が消えるまで」
髙崎卓馬 *映画「ホノカアボーイ」脚本&プロデュース
青柳拓次 *オリジナル楽曲で参加
阿部海太郎 *オリジナル楽曲で参加
桑原茂一 *音楽プロデュース&選曲
平間至 *写真家「アンビエント・ハワイ」
89年度制作の写真集をスライドで紹介。
●FOOD
映画「ホノカアボーイ」に登場するお料理を召し上がれ!
あの、Bee'sマラサダここで食べれるなんて!
あのロールキャベツここで、再現!
限定プレート
*入場料には、飲食代は含まれません。あらかじめご了承くださいませ。
●LIVE 阿部海太郎
阿部海太郎さんは、
ライブでは久しぶりとなるパーカッション入りの編成にて登場!
サックス、クラリネット:松延耕資
オーボエ:本多啓祐
パーカッション:舩坂綾乃
ピアノ、作曲:阿部海太郎
●LIVE 阿部海太郎 青柳拓次
青柳拓次さんは、映画挿入歌「つきのにじ」の他、新曲を披露予定。
ギター:青柳拓次
ドラム:松吉
People A to Z
●川勝正幸&高木完「丘の上のパンク」発売記念談義
●野村友里&民 「食べるということ、生きるということ」
初監督映画「eatrip」の公開を控えた野村友里さんと、
マクロビオテックインストラクター民さん。
のびやかですくっと自立したおふたりが大切にしている
"食、ごはん"
をめぐるトークショウ。
エレキコミックレギュラー出演決定!
●笑いで世界を視る。笑いで世界を知る。
スタイルのあるコメディ、 COMEDY CLUB KINGがいよいよ再始動!
あのショック映像を交えた新作此処でしか見れないのだ。
●☆ COMEDY CLUB KING
桑原茂一演出「nine poison(九毒)」公開リハーサル。
羊でおなじみ、大堀こういち
そしてなんと、あの UFO のメンバー/ラファエロ・セバーグによる
ライブならではの危ういコントをお楽しみに。
エレキコミック
演出 桑原茂一
「nine poison(九毒)」/大堀こういち、ラファエロ・セバーグ
【企画・制作】クラブキング(お問い合わせ:03-3418-3399)
↓出演者、公演内容などの最新情報はこちらで随時お知らせします。
http://www.clubking.com/topics/archives/02event/club_dictionary1.php
【チケット】当日1,800円(税込)
当日券は、3/30(月)17:30~Cayにて販売いたします。
【桑原茂一/阿部海太郎 往復書簡スタート!】
CLUB DICTIONARYにご登場の阿部海太郎さん。
どんな音楽を、どんなスタイルで演奏してくださるのでしょう!
明日が待ちきれない皆さんのための、往復書簡です。
http://www.clubking.com/topics/archives/09other/m_to_u_0302_u.php
2009年03月27日
美しいものしか見えない眼

道を歩かない人
歩いたあとが道になる人
みにくいもの見えないめくら
美しいものしか見えない眼
美はすべての人を愛して居る
美はすべての人に愛されたがって居る
美はすべての人のものになりたがって居る

模様は人にだけしかつくれない精神なのだ。
模様は人にだけしか持てない悲願なのだ。
模様の国という国は、あらゆるものが愛と美とをしか出せない所なのだ。
汚れたものやみにくいものは一切出せない所なのだ。
すべてのものが幸福にしかなれない所なのだ。
そういう此処は第二の世界なのだ。
「いのちの窓」河井寛次郎より抜粋

教授の岡山公演の帰りに寄った河井寛次郎からも
すべてのことは、常に響き合っているのだと…
失った時間というのは、やはりないのだと…
多くのヒントをもらった。
が、問題は、美、なのでR

坂本龍一 2009 in 岡山
音楽は 自由にする
この日本語としては少し変なタイトルには
実は明解な意味があった。
岡山公演の夜、教授とあんな風にじっくり話せるとは思ってもみなかった。
犬はうれしくなると尻尾を振るが、
私の場合は脳の回転もろ列も回らなくなる癖がある。
で、二日酔いと引き換えに多くの答えを見つけた。
そう、やはり、坂本龍一は革命家だったのだ。あの頃も今も変わらずね。
もちろん百年後に、ちゃんと愛されている音楽家であることは間違いないが、
坂本龍一は革命家でもあった。と語り継がれるはずだと私は確信している。
この地球に生きている一人の人間として
常に世界の今日をしっかり受け止め、そこに起こっている問題から
決して眼を背けることなく、敢然と立ち向かっていく姿勢に、
私はいつも感動を覚えるが、
その夜の教授が叩き出すピアノの音に、まさに生きて来たそのすべてが
しっかり新しい音楽となって現れていた。
岡山公演の素晴らしさには、私が生まれ育った土地であるということは、
あまり付加価値にはならなかったが、
音楽を発見し一番必要としていた時代に暮らしていた岡山のオーラは
私を教授との時間へ引き寄せてくれたのかもしれない。
それにしても、なんと幸運なことだろう。
さて、岡山公演では、いくつかの発見があった。
例えば音楽家の時間の捉え方についての勝手な考察とか、
会場で咳をする頻度とその土地の民度との具合とか(笑い)
息を詰めるというが、指揮者にはその間を司る魔法の力があるとか、
これは私にはディズニーの魔法使いの弟子ともだぶって大変興味深かった。
左手を右手がまるで指揮しているように演奏する
教授のスタイルに、
その時、右脳と左脳はどう反応し合っているのだろうか?とか、
私の妄想は膨らむばかりだ。
では、このつづきは、映像の編集が終わったらということで…
2009年03月23日
lost child
いつもdictionaryの編集を手伝ってくれている吉村君が
mixiで感動紹介していたlost child (live_2009_3_18)を拝聴してしまったら、
もう堪らなくなって、アルバムを購入した。
ほんとなら、中学三年生の二学期まで過ごした岡山公演を聞き、
24時間後に、iTUNESでアルバムを購入することで、
今回の教授の企みを真っ正面から受け止めたいと計画していたのだが…
ここは我慢だったのだ。が、もうあきまへん。
聞き始めから心の中はザーザー降りの雨です。
ちょうど読み終える寸前んだった、浅草弾左衛門三部作の最終章も、
もう、目から水が溢れて溢れて、
だからといってこの多幸感は、「音楽は自由にする」坂本龍一著 を
読んでしまったからではないと思う。
人の人生を振り返りながら、
勝手に自分の遺書を読んでいるような気になってしまった
この教授の達観した、仏教的?態度は、
もしかしたら、教授が、生きることからの真の自由を
手に入れたからではないだろうか?
この初日の教授のライブを受け止めた印象は
限りなく、音楽から自由になっている。
生きることから、限りなく自由になっている。
教授のオーラなのだ。
無の境地。
まさか、生き仏の境地に達したのだろうか?
う〜ん、「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの、飛んでけ」
岡山での遭遇が待ちきれない気分になった。

2009年03月21日
「撃たないのが一番」だ。

「撃たないのが一番」 中国国防相、自制求める。
「撃たないのが一番いい」と北朝鮮が「人工衛星」として準備を進める長距離弾道ミサイル発射について、梁国防相は自制を求めた。(毎日新聞3月21日土)

「撃たないのが一番」だ。
中国人は明快だ。
ダイエットには、食べないのが一番だ。
エイズには、sexしないのが一番だ。
(コンドーム配布では解決できず、問題を広げるだけだ。ローマ法王)
地球温暖化には、人類が消滅するのが一番だ。
明快は、晴れた青空のように気持ちがいい。
このまま過去のシステムに縛られたまま、
やりたくないことをやり続けていれば、
人類は滅亡してしまうだろう。
ウイリアム・バロウズ
2009年03月20日
映画ホノカアボーイの音楽のこと話します。
Begin forwarded message:
差出人: "MA○SU○O○O h○io○i" .ne.jp>
日時: 2009年3月5日 12:39:02:JST
宛先:
件名: 魅てきました。
先ほどホノカアボーイをみました。
素晴らしいが、久しぶりに心からいえる作品でした。
無性に伝えたかったので、取り急ぎ携帯から。
詳しくは、お会いしたときに。
On 2009/03/04, at 21:35, @ezweb.ne.jp wrote:
先ほど、『ホノカアボーイ』を電通本社内で観て来ました。茂一さんの音楽は一体なんなんですか!僕をどうする気ですか!感動するじゃないですかぁ〜!
いやいや、本当に本当に原作とは異なりますが、最高に良い映画でした…。料理…映像…テンポの良い様でユッタリとしてる空気感を創る監督さん!
素晴らしいスタッフですね…。岡田将生くん…倍賞千恵子さん…凄いです…。
いやいや興奮して茂一さんにいきなりメールをしちゃってすみませんでした…。また連絡させて頂きます!BEAMS○○志
(^o^)○oshi○○o
茂一さんへ
お久しぶりです。
ROBOTさんに知らせていただき、ホノカアボーイみてきました!
外は寒かったけれど、カラッと温かい日差しを浴びたような、晴れ晴れした気分になれる素敵な二時間でした。
ポップコーン特大サイズ(400円)を前半のうちに完食してしまった自分にも驚きながら…
こんな作品をありがとう。
らぶ
○村○紀
うれしいことにホノカアボーイのファンが増えている。
3月30日月曜日 青山KAY6時 少し早い。
club dictionary#01 始めます。
ホノカアボーイのこと、サウンドトラックのこと、
青柳拓次くん、阿部海太郎くん、そして原作者の吉田レオくん、
もしかしたら、脚本&プロデューサーの高崎くんも。
現場であったことみんなで話せたらと。
大人のクラブの始まりです。
3月30日月曜日 青山KAY6時 少し早い。
club dictionary#01
なんと、キョンキョン、も遊びに来てくれます。
で、今回は初めてメジャー映画の音楽を選曲させてもらいました。
ほんとうに勉強になった。
日本という国、ビジネスとしての映画とは。
その仕事をするということとは。
その昔、渡部篤郎の「ヒートアフターダーク」
あの時はほんとうに好きに選曲させてもらった。
渡部組長の肝いりでやらせていただいたが、
音効さんからは総スカンだった。
勘違いされることが多いのだが、
コムデギャルソンのパリコレの音楽もそうだが、
好きな音楽をそのまま使えるのが選曲家の仕事ではない。
たぶん、自分が映画を作ったら、もっと冷静になるかもしれない。
言葉で説明が出来ない。と思う。音楽の世界は、
全身全霊で望むしかないのだ。
簡単そうに見えて、今まで自分が音楽とどう関わってきたか?
全履歴が丸裸にされるのだ。
それにしても幸運だったのは、
サウンドトラック盤として残せたことだ。
なによりもうれしい。
で、クラブディクショナリーの第一回目は、
こんな感じでやります。
出し物がいいのは当たり前。私たちが望むのは、大人の集い。
今日懸命に働く人がもっと楽しく前に向かって元気になるような
仕事だけしてたら絶対出会わないようなひとと
出会う倶楽部です。うん?出会い系倶楽部?
東京のひとはとかくカッコつけるけど、
ここではパンツを脱いでね。
脱ぐだけだよ! 心のね。
だから、おとなになっても友達って作れるよね。ね。ね。ね。
トークは本音。音楽は本物。
CLUB DICTIONARYは大人の社交場
きっと楽しいからおいでよ。
次回は誰が来るかリスト紹介しようか?
○○しなきゃいけないから、意味ないか。では、別のいい方。
ここなら最高の仕事ができますよ。っていった方が楽?
遊びにおいで、の裏には、仕事しにおいで、ともね。
つまり、大人は面白いから仕事を一生懸命しているのです。
もし、ちがうなら、ここから変わろう。
誰か、チェンジ!って言ってたよね。金キムじゃないよ。
DICは今年21年、集う人が実は一番魅力の倶楽部なのです。
そう、だから、クラブ・ディクショナリーは毎月やります。
だって、私たちの仕事だから。
死ぬまで続けるって私は二十年目に覚悟しましたから。
free paper dictionary のことです。
例えば月曜日の朝は早めに出社してトイレ掃除をしたり、
って、ほら、一度始めたら簡単にはやめないでしょう。
社長がトイレ掃除したら儲かる?
は私の場合は気のせいですが、
邪心はともかく掃除はずいぶん気持ちがいいよね。
懸命に生きるために、面白い仕事を続けたいから
倶楽部辞書は続けます。
応援してください。っていうか、一緒にやりましょう。
私たちの倶楽部でしょう。楽しい場所は多い方がいい。
毎月、月末は、倶楽部ディクショナリーで元気になる。
ぜひ、遊びに、来て下さい。
来いよ。
来てね。
きてくださ〜い。
おねがいしま〜す。
ご町内のみなさま。くわはら、もいち、でございます。
茂一
でも、腹筋はつづかなかったからな〜
ps.
今朝は朝6時に起きてこれを書いていたら、
約二時間ほどだらだらと、
最後に写真を入れよと思って、iphotoを開いたら、
最初に書いた長々としたこれが全部消えた。
気持ちがなえて元に戻らないのです。
言葉も気持ちだもんね。
どなたか、自動保存の仕方教えてください。
ちなみにMOVABLETYPE です。
消えたブログって…あぁ〜壊れていくのです。こうして私は…
2009年03月18日
ばんざーい。
あれ?
こんなにユーモアのあるひとでしたでしょうか?
思わず噛んでいたガムを飲み込みそうになってしまった。
でも、なんとも、いいんんだな。とてもグローバルな音楽だと思った。
その印象はアバウト二十年前にみたときの印象とあまり変わらない。
あえていうなら、あのときよりも、
もっと、NEW WAVE BANDをみているような気がするのはなぜなのか?
それは、ギターとベースが黒いシャツ、ドラムスが黒いポロシャツ。
シャツの二人はギターが柄物のネクタイとベースが白いネクタイ。
当然、ドラムスのポロシャツはノーネクタイ。
ヘアースタイルも三人ともきちんと七三がギターとベース、
ドラムスがオールバックのとてもレトロで昔風。
動きも地味だが、ときおり二人は振りを決める。表情はわりあい無機質。
蝋人形館まではいかないが、人間の振りをしている宇宙人といえばいいのか。
端正なのに濃い。切れ味のある深み。
なぜか侘び寂びまでも感じてしまう。
狙わないのにコミカル、
確かにここはアジアで日本なのだが、かれらの音楽はどこでもない。
アジア的とも南米的とも、北欧的でも、東欧的とも、いえなくもない。
で、聴いていると、いつしか地球の僻地に来たような気さえしてくるのだ。
リトル・クリーチャーズ(Wikipedia)
LITTLE CREATURES(リトル・クリーチャーズ)は
日本の3人組音楽ユニットである。音楽性は、テクノ、ジャズ、ロック、
民族音楽といったジャンルを取り込んだ、クロスオーバーサウンドにあり、
発表されるアルバムごとに多彩な変化を示している。
近年では、音数の少ないクリーンでモダンなアコースティックサウンドを
志向している。
1987年、和光高校在学中に結成。
青柳拓次(あおやぎたくじ、1971年12月8日 - )ボーカル・ギター
鈴木正人(すずきまさと、1971年6月6日 - )ベース・キーボード
栗原務(くりはらつとむ、1971年8月7日 - )ドラム・パーカッション
そう、今夜は、かれらの所属するレーベル
「TONE」 五周年記念イベントだった。
みんな、いいひとだった。
で、途中、二十代の初め頃、よく通った、交差点の角の焼鳥屋さんで、
イワキの「鳥小屋」のこと、
RSR夏フェスでのアートスクールのこと、
今年から来年に向かっての、ことことを
宮沢章夫と話し合った。
彼はバターで、私は塩焼き。
塩分控えめの塩が存在することを今夜始めて知ったことも楽しい。
それも同じ誕生日ゆえに親しい仲だと私は勝手に信じ込んでいる、
あの宮沢章夫が高血圧のお陰である。
わけがわからなくなってしまった。
…なんてすてきなフレーズなんだろう。
かれは思想家なんだな。
そうそう、今日のお昼過ぎに、近所の田切公園で、
リリー・フランキーがドラマの撮影をしているとの号外で飛び出し、
早速、ホノカァ・ボーイのサントラを渡した。
私のポーター・クラッシックのパンツをみて、
自分も買ったとうれしそうな表情をみて私もうれしくなった。
きっと、レオもうれしくなっていくに違いない。
会ったリリーは警察官の衣装をゆるく着て、たぶん軽トラックで売りにくる?
カレーのお昼を食べていた。なぜこの児童公園にそんなものがあるんだ。
用意周到、今も昔も武士は武士。手代は手代。
七輪ではスタッフが子持ちししゃもを焼いていた。
ロケもちゃんと楽しんでいる風情にちょっとほほが緩む。
そうそうそう、最近試写会で拝見した。
「色即ゼネレーション」で、主人公の父親役のリリーの存在感に
腰を抜かした。
高校一年の主人公が
初めて酒を飲んで
ゲロはいてベットで苦しんでいる童貞息子に、
お盆に太田胃散と水を乗せ、
ベットの側まで、もってくるずいぶんやさしい笑顔のリリーの演技に
私は可笑しくて腰を抜かしたのだ。
うまい。うますぎる。どうしてくれんの、誠に面白いじゃないの。
そういえば、その時代のかわいい顔というのがあって、
60年代なら、この顔こそはまり役だと、思わずうなづいた、
童貞損失寸前一歩手前、この映画の主人公が恋する女の子役に抜擢された
とてもかわいいひとが、次号のDICTIONARY 恒例Tシャツ祭りの
モデルになっていたこともここまでくれば付け加えておきたい。
しかもあの吉田レオも先週青柳ファミリーと会食をともにしたこともあり
今夜のライブには絶対見に来るはずだったが、
残念ながらおしくも具合が悪くなってしまい、働き過ぎかもよ?
でパスしてしまったことが、実に大変悔やまれることも
ますます付け加えておくのもよしだ。
さて、リトル・クリーチャーズ
かっこ良かった。のです。
3.30 月 青山 KAY CLUB DICTIONARY#01
青柳拓次君が新曲を披露してくれるそうだ。
もう、待ちきれませんね。

2009年03月16日
性の解放日……。

アリオスから依頼を受け、この秋から年末へ向けて行う
トークショーの企画を現在思案中である。
と、このブログを書き始めたら、
久しぶりに、選曲家、音楽家、佐々木潤が遊びに来た。
フランス生まれの猟犬種、なんとかすぱにえる?
その愛犬セルジュと一緒に。
とても躾のよくできた甘えんくんでした。
で、学芸大にある愛犬もウエルカムな蕎麦粉のクレープ屋さんで
二人でニュージーランド産の赤ワインを飲んだ。
まろやかでなかなかいい。

デザートもまるでパリ。
そう、で、コムデギャルソンのパリコレのショーにつき合ってもらったときの
パリの思い出やアムスの思い出に花が咲いた咲いた。もち未来の展望もね。
当たり前のことだが、まもなく一歳を迎える次女に目がない潤君も、
いつのまにか、もう立派な渋い大人だ。いい話を沢山聞いた。
しかも3月30日の青山のkayのclub dictionary第一回目にも
遊びに来てくれるそうだ。
なんだか、とてもあったかいね。うれしい夜だ。
そうそう、自分自身の活動を再開するようだ。こんなときだからこそ、
爆発させなきゃね。知ってる?PEACE FORCE

で、潤とは、3.30(月)青山KAYでの再会を約束し、
話はアリオスへ戻る。
いわき芸術文化交流館 Alios アリオス
はて、その土地に根ざしたテーマをうまく絡ませて
いわきの市民が喜ぶトークショーが果たして実現出来るのか?
で、その「鳥小屋」に焦点を当ててみた。
先日お邪魔したときに、これは隠された真実があるのではないか?
とピンときた、いわき市民にとっては年中行事である「鳥小屋」が
気になっているのでR。
いわきの「鳥小屋」については、
高木誠一(1887〜1955)が『石城北神谷誌』という本になかに
詳細な記述を残している。
正月も十二、三日頃になると、何れの作でも七、八才より十三、四才頃までの
子供等達が一戸から藁二束(一束ハ六把)位づヽ、
竹薮のある家からは大小の竹を取り交ぜて十本位づヽ貰い集める。
作中の者總出て、この鳥小屋をかける。
場所は人家を稍離れた道路に接する田の中で、小屋の大きさは普通、
方一間から八、九尺位まで、其作の戸数に依つて大小がある。
小屋を作るには、先づ山に行つて、栗や楢の木の股のあるものを四本伐つて来て、
之を柱とし、細杉や雜木などを伐つて来て、之れに十文字に渡す。
此等の材料の木は皆、盗伐である。これを見付けて咎むれば、
疫病神がまいこむなどヽ悪口して居る。それから右の藁を以て四方を囲ひ、
小竹、篠竹、樅の葉などを用ひて屋根を十分にふき、
小屋の中には藁をしき、入口にはコモをつるし、
眞中に大きな爐をきるのである。竹の澤山にある作では、
ボンテン竹と称して太い青竹の先を少し笹を残し、
これにキリハギ(紙ヲ刻ミテ)をさげたものを立てることもある。
(『石城北神谷誌』より)を翻訳すると。
正月の13、4日頃、地区の子どもたちによって「鳥小屋」が作られること、
そして、「鳥小屋」の作り方やそれにまつわる風習、言い伝え、
さらには、「鳥小屋」が作られる場所などについて、
実に詳細に書かれている。また、「鳥小屋」に「ボンテン竹」といわれる大きく、
高い青竹が立てられるとも書かれている。
ふむ。これでは何のことやらだが、
ここで、いわき民報社 編集部
柿沼 美佳 Mika Kakinuma さんより頂いたメイルを
もう一度、読み直してみる。
鳥小屋(とりごや)は、いわき地方に伝わる小正月行事。
子供会などが主体となり、藁や竹などで小屋を建て、1月6、7日の深夜、
あるいは早朝に正月飾りと共に燃やす。小屋は、村内の田んぼや空き地に建てられ、
ボンデンと呼ばれる笹竹が立てられる。小屋内には、神棚が設けられ、
正月様や歳徳神が祭られる。市外でも広野町、楢葉町、北茨城市などに伝承される
が、ほとんどはいわき市内で行われている。
市内にはおそらく70箇所は存在していると思います。
少し前までは日本一の面積を有していたいわき市だけに、
この仕事をしていると、方々遠くまでそうそう足を運ぶことも出来ず、
昨年末から今年までわずか10件しか押さえることが出来ませんでした。
ただ、市内唯一の円すい形の鳥小屋や、入口が2つある鳥小屋、
ぼんでん(竹)がクロスしている鳥小屋といった、
比較的珍しい形と分類されるものを押さえているので、
10件の中でも、見比べると面白いものがあるのではないでしょうか?
(それは興味を持っている私目線なのですけどね)


今日も図書館へ足を運び、詳しい資料を探してみたのですが、
これ、といった資料が見当たりません。
昭和13年ごろ、地域の民俗学者が著したという鳥小屋の書物が
2冊あることが分かったのですが、市内の図書館では
どこも所蔵していない(!!)という事実に愕然です。
土曜日、ランチの後に桑原さんたちが足をお運びになった
「暮らしの伝承郷」の皆さんから辿っていこうと思っています。
”じゃんがら念仏踊り”の書物は結構あるんですけどね…。
”じゃんがら念仏踊り”
(これはどうも、沖縄のエーサイ踊りと繋がっているらしい。)
それでも1つ、文献を見つけました。
前述の2冊の鳥小屋の書物を著した元高校教員で
民俗学者が昭和13年ごろに書いたものなのですが、
この中では、鳥小屋を考察する上で注意すべきこととして
「鳥追い」と「さへの神信仰」の2方面だということを挙げています。
さへの神というのは、詳しく存じ上げないのですが、
文脈から察するに”道祖神”と同種のもの、
あるいは同系統にあるもののようです。
昭和13年の時点では、性的行事が少なくなっており、
そこから鳥小屋を考察していくのは現在(昭和13年当時)では
難しい、というようなことを記しております。
ということは、かつては性的行事が多かった、ということですが、
その先を読み進めていくと、ありました!
鳥小屋では、7つの鳥小屋を参ると無病息災で過ごせる、
幸福を招くといった「七小屋参り」という風習があったのですが、
「7つを回っている間に”女”になるものもあり」と、
「7つを回っている間に”女”になるものもあり」と、
「7つを回っている間に”女”になるものもあり」と、
非常に個人的には興味深い(笑)記述がありました。
大体は14日の夜に皆さん出歩くそうなのですが、14日の夜は
性的な行事が巷に氾濫した、ということも記しています。
「今晩は天下御許しといって、性の解放日であった」と、
「今晩は天下御許しといって、性の解放日であった」と、
「今晩は天下御許しといって、性の解放日であった」と、
大胆な記述が読み取れます。性の解放日……。
この14日にあわせては、村々の女子の成人式が執り行われていたそうですが、
多くは夜に行われ、これが済まないと嫁入りが出来なかった、
と言われていたそうなのですが、夜這いの風習が途絶えるに伴い、
これも明治末期には途絶えたそうです。
鳥小屋については、
かつては1年間肥料を入れない清浄な田圃を選ぶことになっており、
身を清めて、食べ物にも気をつけていた、という形跡があるそうです。
また、小屋を作るにあたって、不幸があった(死者があった)という家は
携われない、という地域もあったりと、神聖化されていたものだったのが、
時代に合わせて様式が変化してきて、今に至ると思っていたのですが、
決して神聖な部分だけではなく、
性という人間の欲も深く関わっていたことを
改めて認識しました。
アリオスのある、あの平という街中には、
ここは遊郭があった辺りだよ、
なんて話を耳にすることはありますが、
農民がしょっちゅう出入りできる場所ではなく、
ましてや部落(被差別部落の部落ではなく、東北地方で集落を表す意味での部落です)婚が
主流だった時代を考えれば、年中行事だけど非日常的な場でもある鳥小屋で、
性の解放があって然りなんだろうな、と漠然と考えました。
やっぱり、鳥小屋面白いです。
あの場で上手く説明できなかったのですが、
まとめた鳥小屋についての文章にも記しましたけど、
時代とともに意味合いが変わってきたところに、
なぜか興味を強く引かれたのです。
伝統行事には意味や意義が当然備わっておりますが、、
それが代々受け継がれていく中で、
時代に合わせて変容を遂げていく(ずれていく?)のは
当たり前で、そのズレ方が面白くもあり、そしてその一方で、
地域の人をつないでいる、という部分は変わっていないことも面白いな、と。
(鳥小屋写真の中で、「北白土鳥小屋」というものがあったかと思うのですが、
特に北白土の場合は、小屋を建ててから燃やすまで、毎晩幾人もの大人が集い、
酒を酌み交わし、親睦の場になっています。ただし、ここでも、主役は
子どもではなく大人になっている、というズレも生じているんです)

ものすごくワクワクしました。
いわき市民にとっては年中行事で、ある意味日常生活に内包されている
鳥小屋を客観化させる、ということを、ぼんやりと考えていたところだったので。
客観視することで、鳥小屋の意義だとか意味だとか魅力だとか、
そういうったところに気付く人も出てくるでしょうし、
何かインスピレーションを得る人もいるでしょうし、
いろんな面白い影響が生まれると思うのです。
その辺り、記者のクセに上手く言葉に出来ないのですが、
いわきが面白くなりそうな予感がして、土曜日からずっとワクワクしています。

おや?どこかでみたことがある方が写ってますよ。
もしかして、あの、松・写真家の平間至さんでありませんか?
な、なんと…
ところで、こんな話をみっけ。
いわき出身で400年前に沖縄に渡りエイサーの発生に関わったと言う
お坊さん「袋中上人(たいちゅうしょうにん)」のお話し。
同じくいわきの出と言う説のある江戸時代前期の近世箏の創始者「八橋検校」。
お正月には必ず耳にする「六段の調べ」、
京都銘菓の「八つ橋」の名前になった事でも有名。
検校の重要なスポンサーで江戸時代前期の磐城平藩(いわきたいらはん)の
殿様「内藤風虎(ないとうふうこ)」。
いわき市の観光名所「勿来の関」の誕生にも関わっており、
武田家との以外な関係、松代藩真田家との繋がり、
叔父の「保科正之」(会津藩松平家藩祖)にも関係する
内藤家の様々なエピソードが残る。
江戸時代前半、内藤家の治世の頃、
いわきを出て天下一の号を持つ面打ち師となった
「出目洞白(でめとうはく)」
出目洞白満喬(でめ・とうはく・みつたか)
現在のいわき市泉町下川に生まれた水野谷加兵衛は、
江戸時代の世襲の面打家・大野出目家4代目として活躍した
江戸時代屈指の能面打師で、寛文12年(1672年)には、
朝廷より備後大掾という(天下一と称する)受領名号をゆるされている。
いわき市役所本庁正面玄関左側には、能面「若女」のレプリカが展示してある。
話が整理が出来てないよ。→了解。
2009年03月15日
プリンセス・eri
いつか白馬に乗った王子様がやってくる。
女の子のなら誰も持っている夢だと、
昔から何度も何度も聞かされたお話。
でも、これは本当のことだったのです。
そんな夢のような結婚パーティーにお招き頂きました。
eri&takuya ほんとうにおめでとう。
いつまでもいつまでお幸せに。

2009年03月14日
一瞬 天国をみたような気がした。

小さな暖かいカフェで、優しい音楽家たちが出会った。
小さな娘たちも一緒に。
一瞬 天国をみたような気がした。
2009年03月13日
生け花のような音楽
ある麻酔学者は、手術時にメスを入れられている患者の体の中で起こっている変化を調べて、彼(または彼女)は手術台から逃れようとしているのだという意見を述べている。
これは実に恐ろしい発言だ。
意識がない状態でもひとはみえない意思を働かせていることを
見えるものしか信じない人(医者)にも分かっていたとは…
人間を数値に置き換え自由に操ることが進歩だと信じて来た?
ここまでのもろもろを、ここからどう解体真書するのか、
幼少から学んだクラッシック音楽のTHE ENDを早々と看破し、
民族音楽を始めあらゆる音楽を消化した先に行き着いたところが
「生け花のような音楽」
これは幸宏のPUPAのライブをCCレモンで、
うん?元渋谷公会堂で拝見したときにも感じたことだが、
いつもうまいところを提示してくれる雑誌ブルータスでも以前特集していた、
琳派(りんぱ)の世界をみているような、
美術を堪能するような、豊かさが幸宏(高橋幸宏さん)の音楽にもあった。
ポップミュージックから始めた音楽もその職人技を突き詰めていくと
柳宗悦のいう民芸(美の思想)のような世界へ到達するのかもしれない。
そうした極めた音楽の到達点を、
教授は、坂本龍一は、「生け花のような音楽」と表現した。
この的を得た発言を発見し我が意を得たりだった美しい美術書
「音楽は自由にする」坂本龍一著 を拝読した。

同時代をおなじく生きたものとして大変感銘をめちゃ受けた。
改めて教授の偉業を振り返り確認し、深いため息をついた。
”ぼくはほんとうにラッキーかつ豊かな時間を過ごしてきたと思う。”
謙虚すぎるのではないかと思うほどに客観的に冷徹に
自分自身と対峙するその姿勢に
教授の生み出す音楽と同じ品性を感じて誠に恐れ入った。
大いなるものから生まれるゆとりといえばよいのか、
強くなければ優しくなれないに通じる佇まいだ。
その自信を作り出すものはなにか?
分かっているからといって、どうにでもなるものではないが…
もしかしたら、達観なのかな。
開き直ること。とはまったく違う。境地だ。と思う。
”エコな音楽というのはどんなものか?
という質問をされることがよくあります。
基本的には、そんな音楽はないと思っている。
でもずっと答えを探してはいて、もしあるとしたら
「人間は死んだ」ではないけれど、
ある種人間的なものを否定するようなものではないかと思うんです。
…できだけ遠ざかりたい。”
ふ〜、まるで遺書読んでいるような気持ちになるのはなぜなのか…
”それって、死でしょ。死ぬってことでしょ。”
開口一番、インタビューで幸宏もそういった。
”茂一もわかってると思うけど、三人ともめちゃくちゃ仕事してるよね。”
いまは嘘のように仲良しなYMO.は時代の温度。
教授の「音楽は自由にする」は、確かに、私にも
○7年生きてきた私にも、私にも、もう、自分らしくていいじゃないか、
鎧を着て生きることなんかないじゃないか、
借金なんかほっとけばいいじゃないか、(それはないか)
読み終えた瞬間ほんとうに私は自由になった。
その瞬間、だけ、なんだけどね。そう、永遠の自由なんてないのだ。
その瞬間を目指す生き方だよね。ね。ね。ね。
射精の瞬間を求める時代は終わった。
えっ?終わっちゃうの?もう、終わっちゃうの?
喝!

2009年03月12日
007と富松
アリオス・トークショープロジェクトは現在進行中です。
では中間報告。
そう、インターネットで調べていたら、
アリオスのあるいわき市には、コロッケ・プロジェクトがあることを知った。
コロッケはいい。
出所は「いわきペディア」

コロッケの富松
富松(とみまつ)は、平字田町にあるコロッケ店。正式店名は、コロッケの富松。1958年(昭和33年)の創業。コロッケは揚げ油にラードを使用。香りがよく、揚げたてをハフハフ言いながらほおばるのが格別だ。他に、魚のフライ、メンチ、うずらの卵フライなど。営業時間は短く、狭い路地裏に面しているために、営業時間は長い行列ができる。

確かにうまそうだ。小学生の頃、学校帰りに近所の肉屋で、
やはりラードで揚げたコロッケをおやつ代わりに食べたことを思い出した。
そんでふうふういいながら食べてなんどか口の中をやけどしたな。
確か15円だったような気がする。中学になったら,
それをカレー屋にもっていってカレーコロッケにした。
たしか85円だった気がする。あくまでも気がする。
みた感じはいい。あの頃と同じ味だろうか?一度は食べてみたい。
が、アリオスのトークショーとは別のことだ。
そう、そう、なんでもキッチュが下北でカレー屋
「PANNYA CAFE]を開いたとか。
そちらもうまそうだ。なんとか工面していきたいものだ。
うまそうなコロッケ、イワキから持ち帰りでは冷めてしまうな…
で、ともかく、
あれからずっとアリオス企画を考え続けているのだが、
やはり先日、アリオスにお邪魔したときにご紹介していただいた
森さんからね。アリオスの森さんから紹介していただいた、
編集者の方から聞いた話が、やはり面白いかな。
地元に根ざしたトークショーなら、あれかもね。
あれなら、もしかしたら、いろいろ広がりが見えて来そうだ。
そのあれとは、いわき地方に伝わる小正月行事。
鳥小屋(とりごや)のことで、
もちろん、このいわきペディアにも紹介されているが、
表面で見えているこの風習の裏に
隠された事実に大変興味を覚えたからだ。
もちろんこれは私の勝手な妄想で終わるかもしれせんが…
どちらにしろ、この件は来週の
1.水曜日に
2.劇作家で、
3.私と同じ誕生日の
4.奥さんがいつも美しい、
5.しかも話術ときたらアカデミー賞級の
6.古くからの友人で
7.最近、むやみやたらと元気な、
そう、七つの魅力を備えたラッキーセブンな男、というより、
ダブルオーセブン007でも、
ウルトラセブンでもいい、って分けには、よかないよな。
ま、なにしろ素敵な、あの宮沢章夫くんと話してみないと
今は何とも言えないのだ。
そのかわり、うまくいけば、
きっと末広がりのプロジェクトに育つだるい。
ねるか。
もちっとがんばれ!はい。
で、
いわき民報社 編集部
柿沼 美佳 Mika Kakinuma さんより頂いたメイルより一部抜粋
…比較的珍しい形と分類されるものを押さえているので、
10件の中でも、見比べると面白いものがあるのではないでしょうか?
その辺り、記者のクセに上手く言葉に出来ないのですが、
いわきが面白くなりそうな予感がして、土曜日からずっとワクワクしています。
かつては性的行事が多かった、ということですが、
その先を読み進めていくと、ありました!

乞うご期待。
2009年03月11日
「笑えるのかな」
アリオスはもう暫く考える。で、
macの誤作動からめくるめくファイル整理に没頭していたら
妙なものが出て来た。

しかし自分宛に送っているから
もしかしたら酔っぱらって書いたのかも知れない。
三年ほど前のことだから、
もう、すっかり忘れていた。
で、もちろん、これはコメディ台本だから
と先に言い訳しておきますが、
それらしき実在の人物を想像されては困ります。
なにしろコメディ台本ですから
縁もゆかりもなんの関係もまったくないことを
始めにきちんとお断りして置きます。
From: 桑原茂一
Date: April 23, 2006 8:55:14 PM JST
To: moichi 桑原
Cc: 桑原茂一
Subject: バッハ
「昔のあのひとに会いたい」
細木数の子
こんばんは。
「昔のあのひとに会いたい」の時間がやって参りました。
司会の細木数の子です。早速今夜のお客様です。
音楽家の坂本竜二さんです。
「坂本」
こんばんは。坂本竜二です。
「細木」
さて、坂本さん、あんた、今夜、誰に会いたいの?
「坂本」
今夜はもう約束があるんですよ。
「細木」
坂本さん、なに、ぼけてんのよ。
私が聞いてんのは、あんたが夜会う相手じゃないわよ。
「坂本」
は、は、はい。そうでしたね。
う〜ん、自分は音楽家ですので…
折角ですから、敬愛する、バッハに会いたいと思います。
「細木」
分かりました。バッハ、出て来なさい。
「坂本」
えっ、命令しちゃうんですね。
大丈夫…なんですか…
「細木」
バッハ、バッハ、早く出てきなさい。
「バッハ」
はい、はい。呼びましたか?
「細木」
遅い。バッハ。バッハなんだからマッハで出てこなきゃ。
バッハハハハ…バッハハハハ… 間、
(誰も笑わない)
冗談はさておき、バッハちゃん、こんなことは。
滅多にないんだから、ちゃっちゃっとしなさい。
ちゃっちゃっと。
「バッハ」
すいません。いま作曲中でしたから…
「細木」
いいから、いいから。はい。じゃ、
ここで自己紹介しなさい。
「バッハ」
作曲をしてます。バッハです。
「細木」
声が小さい。もっと大きな声で。
「バッハ」
バッ!ハ〜!なんちゃって、バッハ、です。
「細木」
(細木バッハをこれもかと睨んで)
じゃ、坂本さんも自己紹介なさって、ください。どうぞ。
「坂本」
あっ、どうも、初めまして、音楽家の坂本です。
「バッハ」(ちょっと威張って)
おほん。私が、ヨハン・ゼバスティアン・バッハです。
「坂本」
あっ、どうも。
(バッハの側にさっきから中年の男がいる)
…あの〜細木さん、すいません。
バッハさんの側に居る方はどなたなんですか?
ちょっと気になるんですが…
「細木」
あぁ、ほんとだ。あんた誰?
「大堀こういち」(私の大好きな俳優)
あっ、私ですか?山田です。
「坂本」
この方はバッハさんとどういう関係が?
「細木」
時々あるのよね。こういうことが、呼び出したときに、
死にきれない霊が一緒にくっついてくることが…
きっとバッハの霊的エネルギーが人一倍強くて、
きっと、呼び出されたときに近くにいた軽い霊を
磁石のように引きつけたのね。
ま、しょうがないから、バッハが帰るまで
一緒にいるしかないわね。
「大堀こういち」
すいません。よろしくお願いします。
えっ、でも、あれ、すると、私は…あ、あの、
バッハさんと一緒に帰るんですか?
「細木」
知らないわよ。そんなこと。
あんたが勝手に来たんだから、
ところで、あんた、なにやってあっちに行ってたの?
「大堀こういち」
はぁ、どうも記憶があんまりはっきりしないですが、
あの日は毎年会社で決められた健康診断の前の日で、
前日の夜、九時以降は、
水、以外は口に入れちゃ駄目だって言われていて、
…通勤中にお腹がすいて堪らなくなっていたところへ、
女の子がサンドイッチを食べながら歩いてきたものだから、
それをじっと見ていたら、その女にキャー!って叫ばれて、
気がついたら、ここに来てました。
「細木」
ふ〜ん。きっと、その女の子が、
丁度、バッハのことでも考えてたのね。
「大堀こういち」
そ、そういえば、その子、
バイオリンのケース抱えてたから…
「細木」
ま、あんたの話はいいから、
坂本さん、時間がもったいないから、
どうぞお話しくださいな。
「坂本」
あっ、はい。どのくらい話せるんですか…、
「細木」
だいたい、普通は5〜6分ぐらいね。
でも、今日は変な霊が一緒に来たから.
もっと早く帰っちゃうかもね。急いだ方がいいわよ。
(バッハ消える)
「坂本」
あっ?消えた。
「細木」
早いわよ。バッハ、まだよ。出てきなさい。
バッハ。バッハ。バッハ。怒るわよ!
「大堀こういち」
あっ、私は〜?
バッハさん。山田です。バッハさ〜ん。
「バッハ」
すぐ済ませてください。
「坂本」
そうなんですね。
ではバッハさんに会ったら聞きたいと思っていたんですが、
実は私は子供が五人いるんですが、
バッハさんは何人いらっしゃるんですか?
「バッハ」
七人です。
「坂本」
ハハハハハ、七人かぁ〜、負けたな、ハハハ…
で確か、男のお子さんには
皆さんニックネームがついていて、
長男の名前が、通称、「ハレのバッハ」、
次男が、
「ベルリンのバッハ」または「ハンブルグのバッハ」、
五男が「ビュッケンブルグのバッハ」、
末っ子が、「ロンドンのバッハ」、
男の子が五人に、女の子が二人、
ここで問題です。
男の子には必ずニックネームがついているのに、
なぜか、四男だけついていない。
その理由をお聞きしてもいいですか?
「バッハ」
それらの名前は私がつけた訳ではないので分かりません。
「坂本」
そうでしたか、ハハハ、
では、では、20世紀に、
アメリカの教授ピーター・シックリーが
バッハの21番目の息子としてねつ造し、
冗談音楽の作品を発表しましたが、
それをどう思いますか?
(バッハ消える)
「坂本」
また消えましたね。
「細木」
坂本さんも、坂本さんよ。そんな、
インターネットのフリー百科事典の
ウイキペディアに書き込んであるようなこと聞くから、
つまんなくて、帰っちゃったじゃない。
「坂本」
すいません。
「大堀こういち」
いや〜確かに坂本さんが言うように、
四番目の息子に
ニックネームがついていないのはおかしいですね。
「坂本」
そうでしょう?
「大堀こういち」
それに、バッハのことはよく知りませんが、
その冗談音楽も聴いてみたいですよね。
笑えるのかな、ハハハ…
「坂本」
ハハハ…そうでしょう?
「大堀こういち」
そういえば、
坂本さんはいろんな国にもお子さんがいるって噂ですが、
あのパリのモンマルトルの坂本って、
坂本さんの何番目の息子さんんですか?
(坂本消える)
「大堀こういち」
あっ、坂本さんが消えた。
「細木」
坂本さん、坂本、
まだ締めの挨拶が終わってないわよ。出て来なさい。
「坂本」
すいませんでした。
「細木」
はい。いいですか。みなさん。ちゃんと、ご挨拶するのよ、
人間は挨拶が出来なきゃ死んでるのとおんなじだから。
「昔のあの人に会いたい」
それでは、この辺で、今夜のお客様は、
音楽家の坂本さんでした。
坂本さん、ありがとうございました。
「坂本」
どうも。
「細木」
それでは来週のこの時間をお楽しみに。
ごきげんよう、さようなら。
「坂本」
さようなら。
(坂本カメラ目線で手を振る。舞台が次第に暗くなる。)
「大堀こういち」(暗闇の中で)
えっ、終わっちゃうの。あれ、バッハさ〜ん。
私はどうしたら、いいんですかねぇ〜。
すいませ〜ん。誰か〜。あの〜、坂本さ〜ん。細木さ〜ん。
バッハさ〜んFO
2009年03月10日
世界注目着
いつまでたってっも
私は自分年齢と思考とのバランスに納得がいかないのだが、
馬鹿ということですね。で、
これはもう昔の自分ではないなというときがある。

今までなら、こんなポスターをみても立ち止まることはなかったかもしれない。
が、年齢はどうも、その人の奥に閉じ込められていた
…フェチな感性?を浮かび上がらせてしまうものらしい。
しかし、このポスターを作ったアートディレクターというか、
制作責任者というか、たぶんお役所的に進行したのではないかと推察されるが
つまり責任とるひとが不在な、
で、ともかく、その幽霊のような誰かは、何かは、
どうして、こんな写真を採用したのだろうか?
まるで、しりあがり寿さんのところで、
突然、ラブドールのカタログを見せられたときのような
くすぐったい感じといえば、また違うか、ま、
よーく、みてください。変です。
狙わないから生まれたのか?とんでもない趣味の人がいたのか?
めがね萌えも薄く感じられるが…
それにしても、この写真家はいったいなにを求めたのか。
どちらにしても、このポスターをつくったひとは、
確かに、若くない。
写真一枚でここまで引っ張ることはないか。
さて、アリオスだ。

こんな時代にこんなにすごいものを建造していいんですか?
そんなど素人の市井の疑問を吹き飛ばすような
企画を考えなければならないことになった。
土地に根ざした、トークショーとは?
う〜ん。
今回初めてお邪魔したその市民の憩いの場所アリオスの事務所で
たくさんの方にお会いした。
思い出せないがうれしいことに別の仕事で以前お会いした方もいた。
たくさん名刺を頂いた。十枚〜。みんな笑顔がすばらしい。
もちろん覚えられない。
で、期待してますよの声援と、
”あんなひとが、よくここにきてくれましたね。”
的なトークショーを期待していますよ…
う〜ん。う〜ん。う〜ん。
考えてみた。
つづく。
PS.黒いダイヤの写真が増えました。
2009年03月08日
続 黒いダイヤ

あまりの衝撃に、
野口雨情記念館で買った、すべてのお土産を
すっかり置き忘れるほど夢中でシャッターを押した。

朽ちたものはなぜこうも美しいのか
人間が精魂込めて作り出すものたちをいとも簡単に
自然の力は塗り替えていく

この場所でドラマがとれたらと。

いじれば、まさしくデビッド・リンチの世界だ。



いつかここで、青柳拓次くんや細野晴臣さんたちと日本の歌をテーマに
音楽イベントが出来たらとか…妄想は膨らむ。

http://www.commmons.com/index.html#artists/nihon/disco
そして、私たちはアリオスへ。
つづく。
黒いダイヤ

黒船ペリーが浦賀に来航した翌々年の1855年、
燃える石として発見された石炭の採掘が常磐炭田として始まった。
燃える石はその後、黒いダイヤと呼ばれ時代を牽引するが、
エネルギーを制するものが世界のドン
常磐炭田は1976年に閉山した。
が閉山後、常磐ハワイアンセンターとして復活したことは
皆さんもよくご存知のことだろう。
で、その蒼井優のフラガールでも有名になったハワイセンターが
今回の目的ではない。
ハワイアンセンターへ向かう人々と同じ駅である、
湯本駅前旅館七千円朝食付き日本の真実に一泊したが、
翌朝は、今回の目的地である福島県イワキ市が誇る市民センター
アリオスを訪問するためであった。
ここで紹介する写真は翌朝の湯本駅前を探索したときのものだ。
まずは、地元の神社へお参りへ
誠にさっぱりした神社であった。

が、脇の赤い鳥居に惹かれ近づいてみると、
霊的な空間にも糞は宿る。

その先にはごもっとも様も鎮座していた。

何もない湯本、ではなく、野口雨情記念館無料を訪問し堪能し、
いわき市立草野心平記念文学館で行われた高村光太郎・智恵子展
そのパフレット、及び、写真が語る 常磐炭田の歴史 ならびに
レトロな絵はがきを買い求め、

おもてなしのコーヒーと
おもてなしの蓄音機で野口雨情作詞の童謡を聞かせていただき、

至福の時間を堪能し…
むむ、 飲もよ コクテール… なんというモダンの極地。

しかも、あまりみたこともない妙にはしゃぐ若くない男二人に
反応する学芸員のおばさまから
近くにレトロな映画館が現存するとの朗報!
これはもしかしたら、湯本のホノカァ・ボーイか?
はやる心を抑え、
途中、迷い込んだ路地裏に、こんな山肌と遭遇、

つづいて、目に留まった魅力的な看板。
涙の炭坑節もここではモダンジャズか?
残念ながらBARの営業はずいぶん前に閉店しているようだった。

そして、遂に、合流!あっと、息をのんだその瞬間、
つづく。
2009年03月05日
自由意志は存在しない
曖昧な記憶を列記してみる。
一、女性が化粧するのはなぜか?
自分ではない誰かに変身するため。
二、ひとはどんなときに涙を流してしまうのか?
自分自身のメタ認知力?の許容量を超えた時。
(これはかなり怪しい記憶)
三、情熱を生み出すものはなにか?
パッション→ 情熱=受難
苦労することから情熱は生まれる。
(これもカナリヤあやしい。)
大阪「帝国ホテル」茂木健一郎ディナーショー
へ馳せ参じた。
タキシード姿の茂木さんが歌ったり、タップを踏んだり、
マジックを見せてくれたりするのではないかという
邪心と期待はまったく余計なお世話で、
いつもの熱烈な知的トークを存分に披露してくれた。
残念ながら、
その日出会った初見の方々と十人テーブルを囲んで
帝国ホテルのフレンチ・ディナーを楽しむ。
というそんな大人の優雅さからは迅速にEscapeした。
まったくいつまでも私は頭の悪いガキだ。
で、大ちゃんのつけ毛(髪の毛)が
なぜセクシーなのか?
桃の節句は実は桃のセックスのことだったのか?
ダッチワイフの由来は、
当時インドネシアを植民地にしていたオランダ人が
夜暑くて眠れないので
涼を得るために竹で編んだ抱き枕をそう呼んだとか。
俺はやっぱりロンドンだな!
日本は本当にどうしょうもない国になってしまった(受難)
だったらとことんぶっこわそうぜ!(情熱)
いつ会っても、どこで会っても、どんな時間に会っても、
熱いパッションと気取らないファッションの茂木健一郎さんは
素敵な○たちに囲まれている。
男にも女にも動物にも植物にも昆虫にも爬虫類にも
意味にも無意味にもプロにもアマにも
優秀なひとたちにもぼんくらの私にも
分け隔てなく愛情を注いでくれるあの茂木健一郎さんに
強烈な香りの消毒薬のような香りのシングルモルト
ラフロイグのストレートを
その夜、ごちそうしていただいた。
しかも次の朝起きてからも時折フラッシュバックする
味わったことのない記憶がなんとも悩ましかった。
いつも、いつだって、誰かの為に全身全霊で尽くし、
日々震度7の揺れが続く大地に、たった一人で踏ん張り、
全力投球を止めない茂木健一郎さんに、
どうしても私は、
十字架を背負ったナザレのイエスを重ね合わせてしまうのだ。
茂木健一郎に自由意志は存在しない?
やはり、熱いパッションは狂おしい受難を孕むものなのか…
答えのない、悩ましい夜だった。
そうそう、もしかしたら、
お好きなクラッシック音楽を聞いている時は
スッピンの茂木健一郎さんなのではないかと、
ふと、そんな気がした。
昨夜はうれしい感激の夜でした。
グラッチェ!

アイラの巨人 ラフロイグ
チャールズ皇太子ご愛飲の王室御用達シングルモルト
所在地:アイラ
蒸留器:ストレートヘッド型、ランタンヘッド型
アライド・ディスティラーズ社
創業年:1815年
ラフロイグ独特の薬品のようなヨード香が特徴。
2009年03月01日
続 レレレのレ
待ちに待った坂本龍一さんの新譜を頂いた。

それは、細野晴臣さんのディジーワールド二回目の集いの
帰り際に、コモンズの中城さんから声をかけて頂いたのだ。
本当にうれしかったなぁ〜。
しかもその前の細野晴臣さんの
ディジーワールド一回目の集い、
例の新年会では、なんと高橋幸宏さんの新譜
「Page By Page」のサンプルを
インテンツォーさんから頂いたことも重なって
なんとも幸福なKAYの夜だった。
坂本龍一
out of noise 【フルアートワーク盤】
[CDアルバム]
発売日:2009/03/04
2004年の『CHASM』以来、5年ぶりとなるオリジナル・アルバムは、坂本龍一の魅力を凝縮した極上のピアノ盤!
アルバム解説や参加アーティスト紹介、さらに多数の写真を掲載した豪華ブックレット付きの“フルアートワーク盤”、アートワークを排除することで低価格を実現し、純粋に「音源」のみを楽しんでもらう目的で制作された“パッケージレス盤”、さらに、全曲アナログカットした2枚組重量盤の、3形態でのリリース。
そうそう、坂本さんの選曲するバッハが出てることも
これを書くんで久しぶりに
コモンズのホームページを見るかでは
すっかり忘れていた。なんてこったい。
マストで購入しなければ。

commmons: schola
commmons: schola vol.1 J.S. Bach Ryuichi Sakamoto Selections
[CDアルバム]
発売日:2008/09/24
坂本龍一完全監修による、全30巻の音楽全集“commmons: schola”シリーズ。
第1弾は、坂本龍一セレクトによるJ.S.Bach(バッハ)!
坂本龍一の完全責任監修のもと、commmonsならではの選者によってセレクトされたバッハの名曲を収めたCDと、音楽の成り立ちや歴史的背景を網羅した116ページのブックレットが一体化。百科事典や古典文学全集を思わせる、重厚な質感を湛えた“音楽の百科辞典”。
それにしても、私の人生は、つくづくYMOと共にありだな。
「悟」 今日この頃だ。
そう、あの頃は、こんなに三人の音楽に夢中になるなんて
考えもしなかったな。
あの頃、ちゃんと私は音楽聞いていたのだろうか?
つまり、細野さん、高橋さん、坂本さん、
それぞれが、いま、すご過ぎて、
聞く度に深いため息の連続でもう息が詰まりそうだ。
私の心臓も弱っていることだしね。
それにしてもこのずぶずぶと底なし沼に足をとられていくような感じはどこからくるのか〜
地球の鼓動を一ミリも狂わず受け止めている静謐な狂気
地球生動説が起こる前の地球の端の絶壁から
使い方の間違いが起こりました。うる覚えは駄目だね。
天動説のことだった。地動説の前
…はしっこがあると思ってた時代に書かれた絵画がみつからないのがもどかしい。
自転は フーコーの振り子で 納得の前、ますますわからない。

イメージとしてね。
あらゆるものが地球の端から滑り落ちていくような…
かと思えば、手塚治虫のブッダに描かれた想像の世界
細胞の中に入り込んで死んでしまった命を
再び蘇らすような…


ひたすらまっすぐ続く線のような


坂本さんの新譜が私の脳の中で渦巻いている。
すすすごすぎる。
もちろん、
YMOファンはそこかしこに強烈に存在するのですが、
なんと青山のKAYの夜に向かう昼間、
古くからの友人、宮沢章夫と一緒に
赤塚不二夫さんのご自宅を訪問させて頂いた。
というのも次号のDICTIONARYの為に、
フジオ・プロ
赤塚りえ子さんと宮沢章夫さんの対談を
ブルータスなどで活躍するフリー編集者の
西野入さんが企画してくださったからでちゅ〜。
で、あの赤塚さんのご息女であられさらわれるどこへ?
えり子さんは、その昔、
細野晴臣さんの追っかけを自認するほどのYMOファンで
そんでもって、スネークマンショーにも
強い関心をもっていたとか…
そんな予期せぬ不意打ちをくらいダジログ私に、
あの宮沢章夫さんの熱い熱い「赤塚不二夫論」の
BABABバイブレーションと、
突然飛び入りしたNHKの密着取材班たちの
静かに過度な情熱マイクもぐいぐいと迫る困る迫真で、
ファン対ファンの火花の飛びちる名セリフの応酬と
そのエネルギーに挑みかかるような
飛び入り発言が火に油を注ぎ燃え対談は
異様に盛り上がり昇りっぱなし寸止め無し、
さすが、赤塚さんのご息女なのら〜
と超感心納得の充実時間をたっぷりと
過ごさせて頂いたのでありました。
だって、赤塚不二夫さんの祭壇に、
粛々と ご焼香を済ませたら
いきなり、えっ〜、ゲロボックス 登場!
から始まるんだよ〜。

赤塚不二夫のマイ、ゲロボックスだよ!!
己はいかに凡人かをゲボッと思い知らされたって。
それにしても、宮沢章夫の話術の面白さには
もう脱帽も脱毛もハタボ〜なのだぁ〜
その個人的なあまりにも個人的なおもしろがり方が
おもしろがり方が半端じゃないのだぁ〜
しかも宮沢の話術にかかると
誰もが宮沢と同じように面白がれるという
超絶な技巧を備えているのだ。
だから劇作家宮沢章夫先生なのだと
その瞬間頗る納得。
このニャロメ〜
ほんと、まったく前代みのもんたのリスペクトなのだぁ〜、
ほんでもってハタボ〜なのだぁ〜

でも、レレレのレ のおじさんが、僕は好き。
