2009年01月 アーカイブ
2009年01月28日
きんつば

きんつばの「つば」とは、日本刀の鍔のことを指しており、江戸時代当初は現在のような四角形のような形ではなく円形をしていた。富山県高岡市戸出地区などでは現在でも円形であり鍔の文様が残っている。現在の四角形六方焼きは、神戸元町の紅花堂(現在の本高砂屋)の創業者である杉田太吉により考案されたものといわれる。

きんつば(金鍔)は、金鍔焼きの略称で和菓子のひとつ。小麦粉を水でこねて薄く伸ばした生地で餡を包み、円く平らな円盤型に形を整え、油を引いた平鍋で両面と側面を焼いたもの。
ポータークラッシックの吉田親子さまと
昨年から、フリーペーパー・ディクショナリーで連載中
3月14日から公開の映画、「ホノカァ・ボーイ」
そのルーツを探訪するシリーズの最終回
写真撮影で写真家平間至と浅草を再び訪れた。
のっけから、うまい、きんつばをごちそうになり、
気分は一気にただの観光客。
”人生を楽しんでいいんだ。”
黙って差し出される、生きるうえでの最高の哲学に
またもや痺れる。うまい、に込められた生きるヒント。
が、粋。
つまり、とっさの機転の良さね。気が利く。
これ最高の才能のこと。
二人の名言、
”浅草には、義理も人情も、その欠片もない。”
ここに居るのは、どこか頭の狂った奴ばかり、
でも、きっと、その方が生きるには楽なんだろうな〜
江戸の街も、きっとそうだったに違いない。

そういえば、
子供の頃、祖父の部屋には、鍔が沢山飾ってあった。
祖父が刀剣鑑定家であった所為だ。
地方を回って掘り出し物を探し、
今でいう、オークション会場で査定する。
素人御法度のそんなところへ子供の私も連れて行かれ、
正座させられ、立ち上がれないほど足が痺れたのを
今思い出した。国立三大公園「後楽園」の中とか…
その時のお茶菓子もきっと、きんつばだった…。
うん、これは祖母から聞いた話だが、
私の祖父は荒馬に素手で乗るような激しい性格のひとだったとか。
本当に怖い顔をしていた。
だから私の記憶は今も怖かった男。
あとは、浴衣も乱れ大の字になってふりちんで寝てたこと。
しかも義理の祖父だった。
だから、いつもいきなりだが、
祖父が地方周りから帰ってくると、
家中が金縛りになったようになった。
そうそう、百点を見せるとお小遣い?をくれた。
あれはなんだったのだろう…
寝ばなを起こされ、缶に入った、味付け海苔を食べろとか、
東京で買って来た納豆を食べろと、
本当に吐きそうになった。
うれしかったのは、白桃を買ってこい、だった。
うまかった。が胃はいつも緊張していたはずだ。
記憶が勝手に走り始めた、止め。
で、そうなんだ。
ひとは卑屈になると邪心が生まれる。
どうもそうらしい。
沢山の人が集まる場には
なにかしらヒエラルキーが存在するが…
明快なヒエラルキーの中で仕事することが当たり前の
方々には、こんなことは、
取り立てて論じることでもないだろうが、
そうした場を非日常だと感じる私には
その様がとても興味深く
しかも、かなりディープに気持ちが沈んでしまった。
なんといえばいいのか、
工事現場で、誰にも相手にされない誘導員になった気分。
とでも、言えば気分は近いか…
こんな時には、喫煙者がうらやましい。
宙を見つめ、煙を燻らせていれば、
なんとか、格好がつくのだから…
それに引き換え、
ワンセグを見て、そんな場を誤摩化している
オヤジ、親父、おやじ、この名称はもう止めよう。
初老の男、これもなんだかだが、ともかく、
社会の中枢から外され、無用乃助の烙印を押された男が、
ロビーの隅でワンセグを見ている図は、
もう凍りつくように寒い。
しかも、携帯から漏れるテレビの雑音が
付近にも充分聞こえているにもかかわらずだ。
この無神経さも、そのうち日常になってしまうから、
ひとは新幹線の脇に住むことも出来るのかも…
(まさか!)
見る必要もないワンセグを自然を装って見ている初老の男。
この図は哀しい。な。
だから一見安泰な集団指導型社会のシステムは
そこからはみ出されたときは本当に残酷だと思う。
そのことに気づかない若さ故の愚鈍も
たぶん二十代までだろうが、いつかはやってくる。
あぁ〜こうして、どうでもいい話を
さっきからくどくど書いているなぁ〜
自分との折り合いがうまくいってないからだ。
信頼している相手を、
まるで裏切っているような気分とでもいえばいいのか…
好き嫌いで仕事を判断するほど
愚かな流儀はない。
そんな当たり前のことを、
わざわざ、ここに持ち出してしまう程
私的事態は深刻で、まるで、どうしょうもない。
もう一度愚鈍な若者に引き戻されたような気分だ。
うん?そこ!そこ!勘違いです。間違いです。
正しくは、誰が見ても間違いなく私は愚鈍で、
もう決して若くない男。だということです。
さて、ここから立ち上がるにはどうすれば…
…きんつば、と呟いてみる。
確かに、刀に、つば、は必要。
残ったきんつばをもうひとつ食べながら
思案してみる。

そうそう、浅草で楽しい企みが生まれた。
喝写真倶楽部の発足である。
先生は、松・写真家 平間至。
撮影旅行も決まった。テーマは蟹。
そうだ、人生横にスライドすればいいのかも…
上下のヒエラルキーは、ともかく吃胃。
投稿者 kuwaharamoichi : 18:36 | トラックバック
2009年01月25日
分福茶釜

細野晴臣さんの佇まいに生きることの喜びを教えられた。
昨夜、青山のカイで行われた
ディジー・ワールド&細野晴臣さん
旧暦前日新年会にお邪魔した。
細野さん曰く、
ここで,練習するつもりで来たら、
こんなに沢山のひとがいて…
ミュージシャンは、本当は裏を見せないだよ。
だから百万円積まれてもひとまえではみせない。
今日来たひとは得した。
しかも、今日のは、みんな難しい曲ばっかりだし、
もう、歌うより、話してる方がいいな。
でもチューニングやった方がいいか、
声は出ないし、音楽ばっかりつくっていると、
掃除も出来ないから、足の裏に埃がつくし、
今日ここにいるのはミュージシャンが多いから
わかるよね。でも、みんな、オシャレだよね。
僕なんか、年末からずっとこの洋服だよ、
もうみかけは労働者だよね。
うん?君、そんな僕のいってること、認めたの?
…高田蓮くんがザ・バンドの曲がいいなんていうから、
日本語に翻訳してたら朝になっちゃった…
寝てないから声が出ない
蓮くんのお父さんも、赤塚さんもみんな酒で死んじゃった
音楽家はだらしないとこあるからね。
女のことでもそうでしょう。
うしろでベース弾いてる君なんか、もてそうだよね…
半分ホームレスみたいなところが女の子にはもてるんだよね
自分は一滴も酒、呑めないから、よかったけど、
酒飲んでたら、いまごろ、浅草で、昼間っから
路上で寝てたかもね…
その分、僕は煙草が好きで、
沢山吸えば長生き出来ると信じているけど、たぶんちがう、
吸わない方が声も出るし…
いきなり、ここで、歌が始まる。
(これ曖昧な記憶)
つまり、このかっこよさを、真似出来るミュージシャンは、
細野晴臣さん以外には、いない。と思う。
まるで、落語のまくらを行ったり来ているうちに
そのまま音楽になってしまうというか…
名人の域というが、やっぱり人間国宝だと私は拝みたい。
ぜ〜ぶ、いいひとも、ぜ〜ぶ、わるひとも、
いないから…
その絶妙なバランスが人のセンスであり、
魅力なのだから、
真顔で正しいことを言う人間は
狂っている。
そう、確かに、この言葉はぐっと来たな。昨夜は、
それぞれ、おもしろかったけど、(これ大人のセリフ)
大好きな、青柳くんの歌う姿にほれぼれした。
ミュージシャンというより、
もう、アート作品のインスタレーションの領域…
で、なんたんて、あの世界の新名曲、
「月の虹」を、う、歌ってくれたのだ(泣く)
映画、ホノカァ・ボーイの主題歌(これ私の解釈)を
いきなり、あのステージで、
(それにしても、いつのまにあんなに素敵なアレンジになっていたのだ…)
その初お目見え、ライブ・バージョンで歌ってくれるとは、
もうもう思わず目頭が熱くなって…(これ歳のせい)
3月14日から公開される
映画「ホノカァ・ボーイ」
いいたいことは、音楽が、これで、いい、、のだ。
で、年末のイベントで頂いたロモで撮ったのはいいが
すぐ見れないのは、確かに…はがゆい。
filmなくならない方がいいよ。もちろん。
それにしても、いくつになっても、
動くことは大切だね。
インターネットですましている、
族、ライフスタイル、生き方、は
結局、人間を駄目にするかも、
動けば、
生きた、土器土器する、情報や感動に出会えるからね。
もちろん暗くなることも、あるけどさ…
THE人間界、のヒエラルキーは濁っているから…
最近、私の知らないうちにスネークマンショーの作品が勝手に使われた。しかも出して欲しくないVIDEO作品も勝手発売されるらしい。まさに世の中力関係なんだよね。
でも、でも、いいことの方が何倍もあるのである。
あるよ。ある。
そうそうそう、
なんと、幸宏さまの新譜を頂いたし、今聞くのだ。
あの、桑原さんですか、僕、今35歳で、
DICTIONARY全部大事にもってまス。(うっ,うれしい)
かと思えば、角川春樹さんと二日前に呑みにいったという
短歌の作家?が目の前に居て、
私もスネークマンショーから影響を受けてこんなことを
やっているのですが…私の書いた本差し上げます。
ありがとう。(これ私)
ところで、その昔、
桑原さんが、日本神道の○井から呪いにかけられ
ニューヨークで車に飛び込もうとしたときに
黄金の柱となって助けたのが私だ。
と、角川さんから聞きましたが、本当ですか?
な、な、な、なんて、答えれば、いいのだ〜
ね、ネ、ネットを捨てて街へ出よ!!
PS.写真写っていればいづれ。
PS2.自分ブログへ一緒のツーショット写真を当たり前のように誰彼かまわず撮ろうとするあの態度はなんとかならないのか!!そんな奴のつくったものなんか…
(これいつまでも子供の私の態度)
分福茶釜
平凡社の林さんから頂いて大変楽しく拝読した。
実に、
いいのである。
投稿者 kuwaharamoichi : 10:39 | トラックバック
2009年01月21日
人類愛が出現する。
人類愛が出現する。
なんという壮大な希望。
オバマの言葉には歴史を俯瞰する矜持がある。
うん?矜持の使い方が間違っているかもしれないが…
で、
目の前にとんでもない怪物が出現しているにもかかわらず、
その恐れに怯むことなく、
この怪物を正体を正しく見定めようという
オバマの凛とした姿勢に感動した。
私はそんな風に演説を拝聴した。
これこそまるで武士道ではないか?
もしかしたら最近遭遇したバカボンドの影響かもしれない。

ともかく、
今年は、今年も、
私を突き動かす「言葉」を採集するつもりだ。
まずは、オバマの演説からcut up&imageしてみた。

この日に我々が集ったのは、恐れではなく、
希望を選んだためで、争いの代わりに団結を選んだからだ。

我々は実行されない約束やささいな不満を終わらせ、
これまで使い果たされ、
そして政治を長いこと混乱させてきた独断などをやめる。


それは心の弱い、仕事より 遊びを好み、
富と名声からの喜びのみを求める人々の道でもなかった。

むしろ、リスクを選ぶ人、実行の人、創造の人の道だ。

太陽、風や土壌を使って我々の自動車の燃料とし、
工場を動かす。
答えが「イエス」の施策は継続する。
「ノー」の施策は廃止する。
市場が正しいか,悪いかは、我々にとっての問題ではない。
富を生み出し、
自由を拡大する市場の力は比肩するものがない。
だが、今回の金融危機は、注意深い監視がなされなければ、
市場は制御不能になり、
豊かな者のみを優遇する国は
長く繁栄することはできないことを我々に気付かせた。

我々を今見ている他の民族や政府に対して言いたい。

巨大な都市から、
私の父が生まれたような最も小さな村まで、
米国は平和で尊厳ある将来を求めるすべての国々と
すべての男女、そして子どもの友人であり、
もう一度、
指導力を発揮する用意があることを知ってほしい、と。
我々は責任を持ってイラクから撤退し始め、
イラク人に国を任せる。
そしてアフガンでの平和を取り戻す。
古くからの友人とかつての敵と共に、
核の脅威を減らすために絶えず努力し、
さらに地球の温暖化とも戦う。

世界が小さくなるにつれ、
我々が共通に持つ
人類愛が出現する。
そしてアメリカは平和の時代をもたらす役割を
果たさねばならない。

その握りこぶしをほどくならば、我々も手を差し伸べる。
空腹を満たすとともに、飢えた心も満たす。
自分たち自身よりも偉大なものが存在し、
それに意味を見いだす人たちだからこそ、たたえる。
自分の労働時間を削ってでも
仕事を分け合おうという
労働者たちの無私無欲のおかげで、

最も暗い時を切り抜けることができる。
我々が成功するかどうかは、
労働と誠実さ、勇気、フェアプレー、忍耐、好奇心、
忠誠心や愛国心にかかっている。
今求められているのは、こうした真理への回帰だ。

我々米国人一人ひとりが、
自分自身や国家や世界に義務を負っていることを認識し、

こうした義務を嫌々ではなく、喜んで受け入れることだ。
私たちにとって、困難な仕事に全力で立ち向かうことほど、
自らの性格を定義し、精神をみたすものはない。
これが市民であることの代償と約束だ。
これが私たちの自信の源泉だ。
神が未知の運命を自らの手で形作るよう、
我々に求めたものだ。
希望と美徳をもって、
この氷のような冷たい流れに勇敢に立ち向かおう。

そしてどんな嵐が来ようとも耐えよう。
将来、我々の子孫に言われるようにしよう。
試練にさらされた時に我々は旅を終わらせることを拒み、
たじろぐことも後戻りすることもしなかったということを。
我々は地平線と注がれる神の愛を見つめ、
自由という偉大な贈り物を前に送り出し、
それを次世代に無事に届けたのだ、ということを。

MySpace Celebrity and Katalyst present The Presidential Pledge
投稿者 kuwaharamoichi : 23:09 | トラックバック
2009年01月12日
ボタン。
”奇跡って、起こるから、奇跡って言うんだよ。”
”受け売りなんだけどね。”
3月14日公開の映画
「ホノカァ・ボーイ」に出てくる、
へんてこりんな医者の意味ありなセリフである。
そ、青柳拓次、阿部海太郎が
この映画の為にオリジナル楽曲をつくってくれた。
まったく、ふたりのこれからの飛躍を考えると
空恐ろしくなる。
つまり、ヤバイという意味。
(ヤバイはこの映画でのレオがビーさんの絶品料理を食べた時のセリフ)
ホノカア・ボーイの音楽は、ヤバイ!
これが正しい使い方。
で、奇跡の現場に立ち会える幸福に比べれば、
ここまで来るのには色々あった。も、霧の彼方へ〜
映画と音楽 まさに永久の解けない難問でもあり、
チルチルミチルの世界でもある。
毒をもって制す、とか、毒にも薬にも、とか、
ごちゃごちゃあるが、要は、
使い方次第ということだろう。
うん?簡単な言い方。 おい!(自分突っ込み)
さてっと、人生は苦悶の道というが、
私は、これまで随分楽な生き方をしていたのではないか?
自問波紋、はっと、目覚めさせられたのは、
あの、「奇跡のリンゴ」だ。
茂木健一郎さんでおなじみの、
NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班=監修
「絶対不可能」を覆した農家
木村秋則の記録=石川拓治=著
”そのリンゴは信じられないくらい美味しかったのだ。”
感動で読み終えても、要は、
この一点につきるだろうだろう。
農薬を使わない。
それを素晴らしいと歌うのは、たぶん頭で食べる人だろう。
頭で考える。しかし、
頭で考えられないところまでいけるか?
理屈でメシは食えない。ちょっと違うか、
理屈を突き抜けた喜びを結果提供出来なければ、
どんな努力も水の泡だ。
で、自分をまるで農薬付けのように扱いながら
つまり、不自然なものを見境なく取り入れる生活、
風邪をひったらすぐパ○ロンする的生活を謳歌しながら
目の前の欲望まっしぐらで生きているのなら
農薬無しの、リンゴを食ってなんになるのだということだ。
同じくムードで言えば環境問題の本質はそこではないか?
そうそう、映画でも音楽でもでもいち、
クリエーションの本質もそこではないか?
水の泡に向かって
死ぬほどの努力を強要?される。こともの、すべて…
そんな空しさを、受け入れる、そんな生き方を
もう終わりにしなければ…と「切なく」思った。
自分!出来るのか?(自分突っ込み2)
その、ま、で、
無農薬でリンゴを育てるということは、
つまり自分自身が自然の一部になりきるということだしょ。
人間という生き物が
独立したアイデンティティーを獲得した
生命体だという勘違い?
それを進歩だの、モダンな生き方だの、といった
実は家畜化された生き物に成り下がって
生きているのではないか?
獰猛な自然から切り離されて生きることが
楽しい生活。おいしい生活。(ちょっと古い)
要するに、私は農薬付けの生活に憧れ
顧みることもなく生きて来たのだ。
うん、で、ここでいう奇跡とは、
木村秋則を巡る人々が
(多分この人こそ茂木さんのいうホープフル・モンスター)
あまりにもあたりまえにわたしたちが食べている
「リンゴ」で、
農薬を使わないでつくる「リンゴ」で、
人気という生き物の真理を伝えることに成功したことだ。
奇跡は起こる。起こせる。
またもや簡単?
感動と努力はイコールでなければならないと思う。
自害を込めてね。
だからどんな理屈も並べても感動がないのなら、
それまでの努力は全て水の泡なのだ。
”ボタンのかけ違い”
この、ちょっと、へんなことば言葉が、
ここでは存分に言い得て妙だ。
トライ、アゲイン。と私は頷く。

投稿者 kuwaharamoichi : 09:28 | トラックバック
2009年01月10日
『私たちは次から次へと切断手術をしている』

坂本龍一さんのML/APからの転送情報です。
末尾に署名サイトを明記しています。
ご覧になった方は、この情報を多くの方へ伝えてください。
Begin forwarded message:
/////////////////《以下転送》//////////////////////
友人、知人を通して、海外の重要な記事が翻訳され
たものがメールで転送されてきています。
これはガザに入っている唯一のノルウェー人医師から
現地報告。
『私たちは次から次へと切断手術をしている』
ノルウェー政府の外交圧力、二人の医師の働きに頭が下がります。
森沢典子
********転送です〜転送可〜****************
ガザ地区から医師の報告翻訳
以下は中央ヨーロッパ時間の1月6日(火曜)午前9時半にドイツ紙『南ドイツ新聞』の電子版に掲載されたものの翻訳です。
インタヴューの正確な日時が不明ですが、
内容からしてガザの現地の5日(月曜)の夜中あたりだ
と思われます。ガザには外国人記者が入れないため、
地上戦開始下の病院からの医師の報告として貴重なものと考え翻訳しました。
この翻訳は「訳責;梶村太一郎/ベルリン」と明記された上で、どしどし転送して下さって結構です。
原文;http://www.sueddeutsche.de/politik/752/453443/text/
ここではギルベルト医師の写真も掲載されています。
以下翻訳、( )内は訳注。
ーーーーーーーーーーーー
(見出し)ガザ地区の市民犠牲者
「私たちは次から次へと切断手術を続けている」
(記事リード)イスラエルの地上進攻の開始以来市民の犠牲者の数は急増している。ノルウェー人のマッズ・ギルベルトは、現在ガザ地区に滞在している唯一の西側の(欧米の意味)ふたりの医師のひとり。ギルベルトはドラマチックな報告をした。
インタヴュー;トーマス・アウ"ェナリウス記者
(人物解説)マッズ・ギルベルト(MadsGilbert)61歳、
は麻酔医でノルウェーのトロムソ大学教授。彼は新年から同僚の同僚の外科医エリク・フォッセ(Erik Fosse)医師とともにガザ市のシーファ(Schifa)病院で手術をしている。
ふたりはNorah (原文;NorwegianMedical Solidarity
Organization Norah)の会員である。
(インタヴュー始まり)
南ドイツ新聞(以下SZ);ギルベルト博士、ガザの情況はどうですか。
マッズ・ギルベルト(以下MG);今夕の情況はドラマチック以上のものだ。
激しく爆撃されている。この48時間は大変に厳しかった。ガザ市の野菜市場への攻撃で多数の死傷者が出た。今日病院に運ばれた210人の負傷者の内だけでも35人が救急部門で死亡した。死者の内で18人が9歳以下の子供たちだ。私たちは次から次へと切断手術を続けている。廊下は切断手術を受けた患者でいっぱいだ。私はすでに手術をいくらしたか数えられない。
SZ;犠牲者のうち子供と女性はどれくらいでしょうか。
MG;今日、私はひとりの子供の手を切断手術した。この子は家族のうち11人を失っている。私たちのところに九ヶ月の赤ん坊がいるが、この子の家族は全員がイスラエルによって殺された。市民の犠牲者の数は急激に増加している。月曜日の晩には死者は540人、負傷者は2550人だった。死者の30パーセントと、負傷者の45パーセントが女性と子供だ。これまでで、子供の死者は117人、負傷者は744人だ。
SZ;救助隊の作業はどんなに危険ですか。
MG;今日は救急車二台が襲撃された。二人の救助隊員が殺されたが、彼らは狙われて攻撃されている。シーファ病院の隣のモスク(イスラム寺院)が空襲された。そのため病院の窓ガラスがすべて割れてしまった。今は外の気温は摂氏7度だから患者全員が震えている。医師や看護人ももちろん同じだ
が。これら全てが理解を絶することだ。
SZ;病院の職員の情況はどうでしょうか。
MG;ひとつだけ強調したい。この病院には現時点で、医師、看護人、ボランティアが50人いる。私たちは爆撃音を聞きながら、負傷者を満載した車を待っている。私はこれまでに、彼らパレスチナ人の医師たちと助手たちほど献身的な働きをする人間を見たことがない。
SZ;あなたはハマスの戦闘員も治療しますか。
MG;その質問は適切ではない。私たちはここで医師として誰でも治療する。わたしたちはイスラエルの兵士にもそうするだろう。しかし、私は何百人もの患者を診たが、その内でハマスの戦闘員はたったふたりだけだった。
SZ;何が最も緊急に必要でしょうか。
MG;とりあえず緊急なのは、爆撃を停止し、イスラエルが境界の通路を開き、食料と燃料をガザへ運ぶことだ。
SZ;あなた自身は安全ですか。
MG;150万人のパレスチナ人が、この世界最大の牢獄に閉じ込められている。彼らは恐れてはいない。なぜ私たちが恐れるべきだろうか。
SZ;あなたはどのようにしてガザ地区に入り込んだのですか。
MG;私たちは元旦にラファ(Rafah)経由で入って来た。ノルウェー政府がエジプトの指導部に非常に大きな外交圧力を掛けたのだ。そのおかげで入って来れた。私はなぜ他の西側の医師たちが来ないか疑問に思っている。世界はここで何が起こっているかを見ることが出来ない。私たちだけが西側の代理人だ。私たちは、援助すべき医師なのだ。それと同時に私たちは世界中のメディアに電話で情報を伝えなければならない。同僚とここへ来ていらい、私たちは時間を忘れて働いている。あの音が聴こえますか。また爆撃されて
いる。ここで話しを終わりにしなければなりません。
(インタヴュー終わり。翻訳以上)
「訳責;梶村太一郎/ベルリン」
/////////////《以上転送》//////////////
Dr. Mads Gilbert im Schifa-Krankenhaus in Gaza-Stadt.
投稿者 kuwaharamoichi : 07:45 | トラックバック
2009年01月07日
年賀状、ありがとう。

年賀状をお贈り頂き頂き誠に感謝しております。
この場を借りて御礼申し上げます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。
さて、仕事始めに事務所から見る富士山は今年も格別です。
人間社会は色々あっても、富士は富士。
年賀状 頂く喜び、
懺悔、懺悔と、
噛み締めて…
来年こそはと…あぁ筆無精。

新年早々、免許の更新に、覚めずに鮫洲に出向いた。
嫌〜な感じの気に負けそうになるが、
「脳にいいこと」だけをやりなさい!
マーシー・シャイモフ 著 茂木健一郎 訳
読んだお陰で、楽しく楽しく通過した。
最近は映像編集にハマった所為もあり、
著しく視力の衰えを感じ、
更新の際の視力検査を恐れたが、
自愛に満ちたあのロイド眼鏡の並木さんの計らいで無事通過することが出来た。
更新儀式の為だけに強力な補正眼鏡を用意してくれたのだ。
人生意気に感じるとはこのことだ。
お陰で、、また三年運転が出来る。
前回はゴールドだったにもかかわらず…
気の弛み、不安や恐れは、ひとをさもしくもするようだ。
あそう。麻生総理もなんだか顔が歪んで来たな。
もとから?あ、そう。
今年はいつもにもまして呼吸を深く行進。
それにしても、飲酒運転撲滅洗脳映像のベタ下手の演出にはまってしまった。あれを見さされればば、
暫く運転は怖いとなるだろう。
おどおど運転は事故の元。
この世に繊細な人間はいない。と決め込む行政の思い上がりに怒り爆発と活きたいところだが、今年のおみくじは末吉。
利が有っても負けると出た。
腹式腹式…密息という日本古来の呼吸法もあると聞いた。
身体癖と思考の癖は表裏一体かも。
で、岸辺はいいなと佇んでいたら、
風景には意外な真実が…
まったく、お茶目な国だなぁ〜
フランス語でセックスしたいを、寒い〜。といいます。
なんてのもあったな。

とはいえ、一晩寝れば人は新しくなるのです。
十数年前の恊働作業が淡い思いとなって現れた。
迷った迷ったポテトスタジオ。
そこに青柳拓次くんが居た。
音楽はなんもかんもきれいに洗い流してくれる。
今年もきっといいことばかりが起こる予感がする。
なんてきれいな風景が聞こえる音楽なんだ。
3月14日公開の「ホノカァ・ボーイ」でそれが分かる。

投稿者 kuwaharamoichi : 17:29 | トラックバック
2009年01月02日
新年あけましておめでとうございます。

東京の新年はいつもいいな。
初めて来た66年頃は都電が走っていた。
正月は車もほとんど走ってなかったし、
空も青く空気も澄み渡ってほんとうにきれいだった。
どこか忘れられた街にいるような気になったことを
何故か思い出した。
今日はスーパー成城石井もやっていた。
いつもまにか正月は元旦だけになったようだ。
今年は忘れないうちに初詣を澄ませたのに…
あっと思って昨年のお札を自転車に乗って返しにいった。
お札の回収?は14日からだとか…
なんだか狐につつまれた気分でもう一度ダッシュした。
痛い程冷たい風が心地よい。
身体も喜んでいる。
さて今年の正月にふさわしい写真はどれだ?






