2008年04月20日
そしてまた我々も他者なのだ。

善のネーション応答せよ!!
フリー!ダライ・ラマ
フリー!チベット
フリー・アウンサンスーチー
フリー!BURMA(ビルマ)

昔から、いとうせいこうの
怒った顔が好きだった。
久しぶりに本気で怒っている
本来のロックが、あの瞬間、
復活したといえばいいのか、
パンクが一瞬、蘇ったような
あの頃の気分が
めらめらとフラッシュバックした。
いとうせいこうが激しく沸騰していたのだ
本気になった人間の顔は眩しく素敵だ
噂では、
いまだに、しきたりの残っている東京の下町
あの浅草で、
もうずいぶんながく、
粋な暮らしをしているとか…
あんなに吠えていた男が、
あの いとうせいこう
が、久しぶりに声をからして叫んでいる。
全共闘も三島由紀夫も、その昔叫んだ。
曇り空の、風が吹きすさぶ、年に一度のアースデーに
ゆるゆると集う若者たちは、
彼の本気さに、タジタジ になったのではないか…
いつもライブのようにこれは乗っていいのか?
それとも伝播する怒りを素直にぶちまければいいのか?
怒りはそれだけでアドレナリンが吹き出す。
ここにある怒りの矛先をどこへ向ければいいのか…
煽られて次第に熱くなるオーディエンスの
エネルギーの向かう先が
どこか
空をつかむような
足場のぐらつく工事現場に出くわしたような
行き場を見失ったエネルギーが右往左往しながら
大気中に分散していくといえばいいのか
ステージから連射される明快な意思に主張に
激しくアジるいとうせいこうに、
ゆらぎは、まったくなかった。
こんな本気な男がここにいる。
変わったが変わらない。
もう若くはない、いとうせいこうに、
ひとりから始めればいいんだ。
本当にそう思うのだったら
たった一人で戦えばいい。
そんな、めちゃかっこいいメッセージが
代々木公園に、ここから世界へ
木霊した木霊した木霊した木霊した木霊した…
今日は、楽しんでいいのか?怒っていいのか?
だったら、竹中直人がその昔流行らせてくれたように
笑いながら怒る人、→ 踊りながら怒る人へ、
また、来年もやってくる お祭りアースデー
の気を引く出し物、なんかじゃなかった
いとうせいこうの強い意思を
枯らさず絶やさず
あせらず、あきらめず…
いとうせいこうの本気に私は痺れた。

もう若くない完ちゃんの音も流石だった。
音は昔から買っていた今回初見ライブだったDJ BAKUもね?
腕に自信ありDUB MASTER Xの
DUBで言葉は強く無限に広がっていった。

そうそう、終わった瞬間に、恥を知れ!中国。
と叫ぶ○顔○恥なアナウンスはあの場で忘れていい。
で、同じ穴のむじなの私もこれは買いました。
オーガニックだったらなおうれしかったのですが…

アンダーカバー ビルマ フリー Tシャツ
いとうせいこうさんのブログがきっかけで制作された"FREE BURMA"。ミャンマー軍事政権への憤りを表した"FREE BURMA"のメッセージをフロントにプリント。バックには"WE ARE BUDDHIST"といったミャンマーでデモを行なっている僧侶たちへの熱い応援を綴っています。売り上げの一部を"ビルマ民主の声"に寄付されるそうです。
PS.許可が出れば動画も流したいものです。
& そういえば、こぎれいなホームレス?
もしかしたらホームレスではないのかも、
イギリスで生まれたホームレスを援助するフリー・ペーパー
あのビッグイシューの日本版を同じ場所で
五百円で買った。
おつりは寄付した。たぶん茂木さんの影響かも。
追記
あの場では聞き取れなかったメッセージ(声明文)が
いとうせいこうのブログに張られていたので、
勝手に転載させていただいた。
無抵抗の僧侶を威嚇してはならない
無抵抗の僧侶を殴打してはならない
無抵抗の僧侶を投獄してはならない
無抵抗の僧侶を殺害してはならない
彼らは権力の外にいて、
権力とはまったく別の法にのっとって生きているからである
彼らを威嚇し、殴打し、投獄し、殺害することは「別の法を持つもの」への圧倒的な無理解、圧倒的な暴力であり、つまりは他者の破壊である
そして、我々もまた他者なのだ
無抵抗の我々を威嚇してはならない
無抵抗の我々を殴打してはならない
無抵抗の我々を投獄してはならない
無抵抗の我々を殺害してはならない
我々は権力の外にいて、
権力とはまったく別の法にのっとって生きる自由を常に必ず持つ
我々を威嚇し、殴打し、投獄し、殺害することは「自由を持つもの」への圧倒的な無理解、圧倒的な暴力であり、つまりは他者の破壊である
他者を破壊してはならない
彼らを、そして我々を破壊してはならない
威嚇するな
殴打するな
投獄するな
殺害するな
ミャンマー軍事政権よ
中国政府よ
フリー・アウンサンスーチー
フリー・アウンサンスーチー
フリー・ダライラマ
フリー・ダライラマ
我々もまた彼らである
彼らはまた我々である
話し合いを拒んではならない
なぜなら、話し合うことが唯一、他者と他者をつなぐ道だからだ
他者と他者がつながれなければ、威嚇が始まり、殴打が始まり、投獄が始まり、殺害が始まる
だから対話せよ! 対話せよ!
そして、対話のためにこそ伝え合え!
言論の自由と、報道の自由はこうして、威嚇と殴打と投獄と殺害を防ぐためにある
対話せよと言い、伝え合えと訴えることは、威嚇と殴打と投獄と殺害の目の前に立ちふさがることだ
ミャンマー軍事政権よ
中国政府よ
対話せよ 威嚇するな
対話せよ 殴打するな
対話せよ 投獄するな
対話せよ 殺害するな
対話せよ!
我々もまた彼らである
彼らはまた我々である
投稿者 moichi : 2008年04月20日 16:37
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