2008年04月05日
「のどに刺さった小骨」その一

自然哲学者であり、概念世界の吟遊詩人
そして、脳科学者 茂木健一郎
「思考の補助線」から引用した
私の勝手な 茂木健一郎 語録
「のどに刺さった小骨」その一
わかったことと、わからないことの、
「割合」は、いつまで経っても同じことである。
不思議という不条理から逃げられないとしたら、
それを思いっきり抱きしめてしまえ。
現代の混迷から抜け出るための道順は
よく考え抜かれた生命哲学の実践の中に
こそ見出される。
世界の進行は力学においてとらえられる。
これは繰り返し確認しておくべきこの世界に関する
基本的真実である。
意識の中に立ち現れる
静止的印象に託された世界の消息を明らかにすることで、
私たちはここから先へと行けるはずなのである。
すべては無根拠であるという
宇宙の不条理を見通す透徹した観点…
本当は生と死の間に不連続など存在しない。
生きているものと死んでいるものは、
等しく宇宙の万有の運動の中でとらえられる。
哲学、思想、社会学、経済学、数学、
あらゆる知のディシプリンにおいて、
不用意に淫すると堕ちてしまう「罠」は至る所にある。
ここでいう「罠」とはつまり、
世界の多様性を
正しく見ることが出来なくなるということである。
とりわけ、「普遍性」の概念を
不用意に立ててしまうことの中に、
人間を怠慢にするトラップが仕掛けられている。
生命の本質は関係性にあるが、
その核にあるものを把握するためには、
逆説的でああるが、
一度私たちの生の有限性を経由しなければならない。
私たちは、思考の自由を得るためには、
どうしても一度自らの生の有限性を
通過しなければならないのだろう。
価値や倫理を最終的には自分で判断し、
決定しなければならないという点において、
私たち現代人は本来すべて
「超人」であるはずだ。
考えることが人間にとって最大の快楽
であるということだけは確信している。
思考の補助線は、
近代の知的探求の方向とは異なる、
未知の空虚に向けて引かれなければならない。
思考の補助線を引き続けることで、
私たちは不思議ということの内実を変えることができる。
知に対する欲望は、
あらゆる人間の欲望の中で最も強烈である。
本居宣長のもとに集まった商人たちは、
「自分たちは散々遊びを尽くしたが、
学問の快楽に勝るものはない」
と目を輝かせたという。
世界という広大な偶有性の海に飛び込むべきであろう。
見逃せないトークショーへのご案内です。
対談:茂木健一郎(脳科学者)× 内田也哉子(文筆家)
・日程:2008 年 4 月 13 日(日)
13:00 ~ 15:30(12:30受付開始)
・会場: 時事通信ホール
(〒 104-8178 東京都中央区銀座 5-15-8)
・参加費:1000 円
投稿者 moichi : 2008年04月05日 13:04
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