2008年01月04日
忘れないでください.

茂一さん、よいを年を.今年もこれから健康でいて日本でユーモアやエスプリを持つのは毎日の戦いだと思いますが、そのセンスを大切にして忘れないでください.今年こそどこかで会って直接会えると期待しています.
パリに住む友人のローランから年賀メイルが届いた。
いつものことだが、頑固な反逆者で、とてもセンスがいい。
だから当然なんだが、
彼のブログの視線は、まさにローランそのもので、
他ではみることのできないオリジナリティーに
私はいつも感心させられる。
いつ更新するかわからないところも自然でいい。
で、彼はどこに住んでいようと、
世界を見る目のシャープさは変わらないと思うが、
日本に住んでいたのでは到底感じることの出来ない
グローバルな視点というものが、
あのパリの街には存在しているのではないかと思う。
もちろん、なんとなくだが…
そうした世界の中の”パリ”と比べると
一見、”東京”も世界都市風なんだが、
この正月の街のように実は閑散としていて
え〜、ひとはものすごく溢れているにもかかわらず、
よ〜く目こらしてみると時間と共に人々がどんどん消え始めているような街…
とてつもない数のひとはいるが、実は存在していない。っていうか。
”空っぽの街” そんな風に私にはみえる。
この数年前から私がからっぽの空間に惹かれているのは
もしかしたら、そのせいかもしれない…
そう、どこかこの国は世界への門を閉ざしているように感じるンです私。
答えはものすごく複雑だが、私なりにひとつ上げれば、
それは勤勉さと規律を重んじる国民性故に、
この恐ろしいほどの情報の一元化に対しても
ノン!と叫ばないからではないかと思う。
しかし、そのノンを封じ込めたら、
いつしかひとの生きる命の豊かさは奪われ
もちろん真の笑いも封印されていくことになってるよね…もう。
もちろん、パリは、フランスは民衆が革命を起こして自分たちで手に入れた
自分たちの国「共和国」だという誇りがあることも大きいだろが…
うん?話しが蛇行している?
つまり、世界市民とか地球市民とかの時代を
もし私たちが受け入れるならば…
ま、おとそはこのぐらいにして、ともかく、
私の孤独は今年も深く重い。が、
決してそれを止めるつもりはないっす。nice!って
こうしてパリに住む友人が勇気づけてくれるしね。
ありがとう。ローラン。
そうそう、ローランがdictionaryの百号に
命について…大切な言葉を寄稿してくれている。
ぜひ。
投稿者 moichi : 2008年01月04日 17:40
