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2008年01月02日

初夢はなかった。

m2008.jpg

明けましておめでとうございます。

東京のお正月は、空も晴れ、空気も爽やかです。

初夢は残念ながら覚えていません。

一富士(ふじ)、二鷹(たか)、三茄子(なすび)

それにしても、なすびとは、江戸時代はなすびは高価な食材だったのでしょうか?

さて、さて、パソコンの前には正月が溢れているが、

私の部屋からの目線はいつもと変わらぬ風景があるだけです。

読み始めたプルーストの漫画にこんな印象的なシーンがある。

主人公が紅茶に浸したマドレーヌを口に入れ、

そこから沸き上がる想像の世界への描写だ。


”私の求める真実は、確かに、味ではなく、私のなかにある。

私のなかで目覚めたのだ…”

途中略

…日本人が水を入れた瀬戸物の鉢に
小さな紙切れをひたす遊びと同じだ。
紙切れは、最初は形が分からないが、
水につかるとすぐに、
広がり、よじれ、色づき、
それぞれに分かれて、
手ごたえのある、まぎれもない、
花や、家や、人になる。

それと同じく、いま、うちの庭や
スワン氏の庭園のすべての花、ヴィヴォーヌ川の睡蓮、
善良な村人と彼らの小さな家、教会、
そしてコンプレー全体とその周辺、
それらがしっかりと形をとって、
町も、庭も、すべてが、
私の一杯のお茶から出てきたのだ。

 マルセル・プルースト作

ステファヌ・ウエ 翻案・画 中条省平 翻訳・解説

 失われた時を求めて フランスコミック版

第一巻 コンブレー(「スワン家の方へ」第一部)

一部を勝手に引用させていただいた。

小説でも映画でもない漫画にしか描けない世界が私は昔から好きだ。

もっと今年は漫画を見るか。

で、いつになく今年の正月は内省的だ。もしかしたらメランコリー?

生きていることを実感するためだけに

なにかを考えなければならない時間とでもいえばいいのか…

とても居心地がわるい。

たとえば、元気な時には、心臓があることを忘れているように…

生きていることを忘れている時はきっと幸福な時だ。とも。

ゴールのないトラックを追い立てられるように、やみくもに生きている日々と、

こうして社会が暫く立ち止まっている時間…

とても不安だが、貴重な時間だとはもちろんわかっている。

しかもゴールはないのではなく、しっかりとみようとしなければ、

それはみえてこないということも、だ。

忘れている方が楽だよ!と社会は魔の手を伸ばしてくるから

ゴールはいつまでも先延ばしになる。とかもね。

というわけで、正月はそのことを静かに考える時間に…

目の前に沸き上がる正月という時間のスイッチを切る勇気があればだが…

めくるめく、めくるくるくる、カレンダー 


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古くからの友人からの年賀状が届く。

偶有性とか、セレディピティーとか

使い慣れない言葉を使おうとすると心が骨折するからやめとくが、

人生には自分を守ってくれる守護神がいる。天使と言ってもいい。

しかし、その幸運に出会うには、日々をしっかり生きるしかない。

誰、にも、なに、にも、決してすがることはできない。

問題はいつも自分の中にあるのだから。

さて、久しぶりに蓄音機でも回すか…

Toscca^2.jpg

正月に〜坊主がふたり歩いていて…

和尚が2には、やっぱり、この曲だ。

Tosca2008.jpg

音と映像は後日。

投稿者 moichi : 2008年01月02日 11:54