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2007年11月 アーカイブ


2007年11月28日

Under wears は どこへいったの?

hirama&leo02.jpg

義理と人情に熱い男たちとの撮影は瞬時に終わった。
来年二十周年を向かえるクラブキングが再びチャレンジする
オーガニック・デイリー・ウエアーの展示会が始まった。
そのオーガニックなデイリー・ウエアーのイメージ写真の制作を友人達が助けてくれた。

hirama&leo.jpg

写真家 平間至  

写真家 モデル ファッションデザイナー 作家  吉田レオ

グラフィック・デザイナー 草野 剛

才能あふれる三人の男たちに、なんどもお礼を言いたい。
またもや仕切りの悪いck仕事にもかかわらず
文句ひとつなく
きっちり
いい仕事を終わらせてくれた。

2006年から すべてのTシャツをオーガニックで制作し再起を図る?
私たちckを応援してくれたみなさんに本当に感謝です。
これからもTシャツを極めたい。そんな決心が生まれた楽しい撮影会だった。


leo.jpg

詳細は間もなく

投稿者 moichi : 06:53


2007年11月23日

peace on earth

COMME DES G : CLUBKING.jpg

これは夢か?

渋谷の西武のコムデギャルソンの売り場で
こんなにデカデカと我が社の看板が…


COMME DES GARCONS 01.jpg

「ピース・オン・アース」を再編集した。

comme des garconsのXmas が始まったのだ。

COMME DES G 02.jpg

今朝無事に渋谷西武の売り場でこの映像は流し始めることが出来た。

いつものことだが川久保さんの仕事は緊張する
が、その分充実した達成感がある。

COMME DES G CLUBKING 03.jpg

開店間もない渋谷の西武の売り場で
川久保さんにもお会い出来た…
いつものように二度挨拶をして終わる。
凛とした生き方がそのまま姿となって表れているといえばいいのか…
今回は本当に久しぶりにお会いしたが、
いつも素敵な方だ。
年を重ねることは、本来美しいことだと分かる。

COMME DES G 03.jpg


絶壁の日々に、思ってもみなかった素晴らしいチャンスを頂いた。
これを機会に、「peace on earth」の続編を制作したいものだ。
この作品も限定で数十枚なら販売するのも…

で、今回の一番のご褒美は
来年で二十年を向かえる
フリーペーパーdictionaryの
12月10日発行の
表4を
comme des garconsが飾ってくれる。

泣く。

投稿者 kuwaharamoichi : 18:51


2007年11月15日

優雅な夜だった。


forbidden-planet.jpg

海はサウンド・デザインに興味があると言った。
真鍮で出来た細長い筒の内側を空気が通り抜ける音を人工的につくる…


聴覚視覚触覚そして想像力を共にしたのは、阿部海太郎、金森 香、kathy(pink)

前へ、前へ、希望へ向かうエネルギーがキラキラと眩しい。

年齢や性別やヒエラルキーが私たちの会話を遮ることがない。

趣味が合う。感性が近い。理解出来る。好きは、瞬時に笑顔と笑い声が生まれる。

ひとは素直だ。

とはいえ、隠せない経験が微かに驕りの香りを醸し出していた。

追いつめられた日々の澱みがいつしか会話に忍び込んでいたのだ。

今朝私の記憶は恥ずかしかった…

そうだ。そんな朝は音楽を聞こう。

指を鳴らして次の山を目指そう。あの山へ!山へ!
今日の喜びを…

阿部海太郎の音楽をイメージで遊んだ。



CD『パリ・フィーユ・デュ・カルヴェール通り6番地』 /阿部海太郎

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投稿者 kuwaharamoichi : 08:42


2007年11月09日

ゲロゲロプースカ

shiriagari kotobuki00.jpg

祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

ただ春の世の夢のごとし

たけき者も遂には滅びぬ

偏に風の前の塵に同じ

しりあがり寿 さんの「ゲロゲロプースカ」を読んでいたら

諸行無常の響きあり…のフレーズをいつのまにか口ずさんでいた うん?ボケ老人?

”ただ、生きるために…生きるのよ ”

母親の言葉で結ぶこの作品を前にして、私は沈黙した

”男はやっぱり 女しょって 飛ばなきゃ”

少年が叫ぶこの言葉に、かすかな希望の破片はあるものの 
この作品を支配する無情な索漠感(生滅する存在であるにもかかわらず、それを常住なものであると観るから苦が生じる…)の前では、私はただ沈黙する

例えば悪夢の中で体験する
底なし沼をひたすら落ちていく感じ とか…
泣くことさえ許されない…
う〜ん、やっぱり言葉にならない

漫画、コミック、は未だに負のイメージを拭いきれないジャンルともいえるが

漫画でしか描くことの出来ない世界がここにある

個から始まり結果個の成せることとは
 個人の存在を思う、問う
個は巨大な宇宙か…

絶壁に立った  立とうとする勇気 立ちはだかる壁から逃げない日々 
そのすべてがかっこいい 孤高のひと 
もっといい言葉がありそうだ…
 しりあがり寿
百年後にこの名前を見たひとはなにを思うだろうか…

私には現代美術を語る記録も記憶もない
だから資格もないが
私にとってこの作品は現代美術(今日生まれる美術)の最高峰だと断言したい。


shiriagari kotobuki01.jpg

やっぱり語らなければ良かった…(ーー;


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投稿者 kuwaharamoichi : 08:11


2007年11月04日

花咲く岸辺に…夢再び

miyake.jpg

松浦俊夫経由で三宅純の新譜が届いた。

松浦俊夫

偶然は必然か?
その昔、武先生(菊地武夫)のjazz clubのプロデュースをした。
店の名前を私は「ボヘミアン」と名付けた。
その店のライブのブッキングの手伝いをアメリカから帰国して間もない三宅純にお願いした。
で、そこで働いていた松浦俊夫を、当時クラブキングの社員だった矢部直が推薦し、
そのままクラブキングの社員になった。
その頃、ロンドンに支店があったクラブキングは
社員になって間もない矢部直をクラブカルチャー見聞のためなんどかロンドンへ派遣した。
私たちはクラブカルチャーの招聘業務をご存知富士ロックでお馴染みのスマッシュの日高さんたちに協力を求め繰り広げた。
いまも彼らと関係が続いているアーティストに当時デビューしたてのジャイル・ピーターソンがいる。
その後、おなじく社員だったラファエロ・セバーグを誘い
矢部、松浦、ラファエロの三人は
UFOという名でデビューした。

で、三宅だ。
会った瞬間から今も変わらない三宅純の才能は凝縮され
このアルバムに定着されている。
彼が日本人である。というだけで、音楽に日の丸はついていない。
パリで暮らすことが日常になったことで、
このアルバムの音づくりには少なからず影響を与えているだろう。たぶん…
といって三宅はどこにいようが誰もが唸る音楽をつくることに変わりはない。
あの頃、実験的だ狂気だといわれた音楽でさえ今日聞けば
樽で熟成させたワインやウイスキーのように…
角が取れまろやかな飲み口に変わっていることの方が多い。
どんな作家にも円熟期というのはあるのではないか。
当然だが私にはあの頃に帰りたいという思いはみじんもない。
今日生まれる音楽を聞いていたいのだ。
この音楽を普段は飲まない山崎(ウイスキー)をストレートで試した。
見事に酔った。
見事に二日酔いだ。
寝かせていた樽のスモーキーな匂いが
三宅純の音楽が
暫くは頭の芯にこびりついたままだろう。

三宅純


PS.先日電話があったラファエロの新譜が間もなく出るそうだ。

投稿者 kuwaharamoichi : 12:47


2007年11月02日

彼らは一体何を見ているのだろうか?

mogi&tanida.jpg


一、茶碗を見てる。

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二、ランプを見てる。

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三、ぬいぐるみを見てる


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四、苔を見てる。


koke DTide.jpg


五、ハンガーを見てる。


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最後、ジェームズ・タレルの光を見てる。


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…互いの顔も判別できないほどの闇の中にありながら、水中にある身体が発光し、身体の動揺とともに水面の光が揺れる様を体験できる。蝋燭から瓦斯燈へ、瓦斯燈から電燈へと、絶えず明るさを求めていくに従い失った「陰翳」(そして光)の感性を取り戻すことができる。

ジェームズ・タレル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジェームズ・タレル (James Turrell、1943年アメリカ合衆国ロサンゼルス生まれ)は、光そのものを作品にしている現代美術家である。光を知覚する人間の作用に興味を持っており、知覚に働きかけ普段意識しない光の実在を感じさせるようなインスタレーション作品や空間を多く作っている。


アップルストアーで行われた茂木健一郎×布施英利 公開対談が終了した。
(podcastで近日公開)

ところで、珍しく、今年のDesignTideそしてDESIGNER'S WEEKを確認した。

リユース、リメイク、植物、野生の羽、

そんなイメージ馬鹿りが印象に残ったデザイン営業祭りだった。

デザインは本当に時代の突端を映す鏡なのか?

いつの時代もバブルは所を変え品を変え簡単に沸き上がるものなのかもしれない
そんな法則を手に入れ操る人々のほくそ笑む顔が浮かんで消えた
結局笛や太鼓で踊らされる空しさはどこまでもいつまでもつづくのか…

ジョン・レノンのイマジンに酔い
セックスピストルズのアナーキーインザUKに立ち上がる私
反抗もユートピアも
膨らんでは消えるシャボン玉のように通り過ぎていく
恥ずかしながらそんな風にしか生きられなかった自分が空しいから

「アナーキズム」 浅羽通明著 が実に爽やかだ。

「われわれが自分の自我 — 自分の思想、感情、もしくは本能 — だと思っている大部分は、実にとんでもない他人の自我である」
 ゆえにわれわれは、「ついにわれわれの自我そのもののなんにもなくなるまで、その皮を一枚一枚棄脱してゆかなくてはならぬ。このゼロに達した時に、そしてそこからさらに新しく出発した時に、初めてわれわれの自我は、皮でない実ばかりの本当の成長を遂げてゆく」
 「自我の棄脱」 大杉栄著より

投稿者 kuwaharamoichi : 17:14