2007年10月02日
ゼラチンシルバーセッション2007
http://www.gelatinsilversession.com/top.html
写真家にとって
自分の撮ったネガを他人に焼いてもらうことは
これまではまったくタブーなことだった
タブーに挑戦すること=人類の進歩
経済はこの言葉で地球環境と人間の尊厳を破壊した
ところがアーティストは常にタブーに挑戦してこそ
新しい作品を生み出せるというセオリーがある
しかし規範がなければタブーも生まれない
とすれば
創造者はあらかじめ己の規範を求めタブーへ向かう
つまり写真家の規範とは
自分のネガを他人に焼かせない…
で、今回はその創造の足場を一度崩してまでも伝えなければならないことがあるという。
Filmを次の世代に残すために
ゼラチンシルバーセッション2007
http://www.gelatinsilversession.com/
昨夜、私もこの運動に参加した。
本来群れることのない写真家たちの反対運動は、
図らずも新たな写真への可能性を示唆しているようにも思えた。
当たり前のことだが
21世紀はあらゆる価値観から脱皮する時代に入っている。もうとっくにね。
そして写真家にとってフィルムが亡くなることは
板前がフレンチ・シェフ?というよりファースト・フード・プランナー、オペラ歌手がポップス・シンガー、入れ墨がステッカー、
う〜ん、うまいたとえがみつからない。
世界にひとつが、世界に無数に、と言った方が近いか…
アナログからデジタルへ¥
おおざっぱに言えば、個は全体に収斂される。
一番大切にしてきたものの位置がずれ始めている。う〜ん。
例えば、ヒッピーの唱えた、融合の時代という呪文がある
エイジ・オブ・アクアエリアスの時代へは随分前から入っているとも…
だからか、がらがらと、がらがらと、
一度すべてが崩壊する。そして、新たな創造が始まる…
破壊と創造
ノストルダムス?だっけ、終末思想?だっけ。
人類が消えてなくなる恐ろしいイメージばかりが先行していたが、
破壊や崩壊の本当の意味は、
実は社会の規範のことではなかったか。
個人より全体、
これはきつい。
が真摯に対峙しなければ、
人類の未来は開けないという、
もう既に巨大な呪文が仁王立ちしているのだ。
あの頃の意識革命という言葉ではもうつながらないかも…
で、今あるものをすべて疑ってみる。
手がかりその一
あの時代のパンクやNEWWAVEはそのほんの序章だった
今、エレクトロと呼ばれる音楽?
もう音楽とさえ呼べないかも知れないが、私は好きだ。
細胞のひとつひとつをつまんでみるような
その音楽らしきものが生まれる背景には
やはりすべての価値観を崩壊させようというエネルギーが
この地球上、といっても都会だが、濁った空気に、それは確かに漂っている
漂っている。
これが今の気分であり、細胞に直接働きかけるような音楽らしきものは、
その現れかもしれない。戯言だ。
さて、写真家が一度に、こんなに沢山集まることは余りないのではないか?
写真家とは?
その答えを知る手がかりとしても最高の展覧会とも言える
解体する
裸になる
これもいま進行している社会の変化の特徴
”顔じゃ分からないよ。”
でも顔に全部書いてある年齢だよね。
中年の男たちは己の身の置き所を探してじゃれ合う
インディアンの世界では50歳でようやく大人の仲間入りだそうだ
やれやれ、それにしてもわたしはまだまだ子どもだ。
新しいデジタルカメラを手に入れたのでついスナップを撮ってしまった。
みなさま盗撮をご容赦。
滝本君の爽やかさが好きだな。彼の撮る写真とおんなじ。

T.REX 1972 SUKITA 12月の初旬に未発表作品を含む1972年に絞り込んだ写真集を刊行する予定の鋤田正義さんがとても溌剌としていた。
まるで親子のような平間至くんも自信が溢れていてかっこいい。

この運動の指揮官にもみえるリーダーに向いている広川泰士が吠える吠える!

静かにじっくり見通す眼力に憧れるな。鋤田正義さんはいつもどっしり。

実は彼に会いたくて参加した。
19歳の頃からの友人で
会っても会わなくてもずっと信頼している尊敬している 三好耕三
コマーシャルの世界とは無縁の立ち位置がとても清いのです。
人生は選べるんだよね。
次回の作品展「津々浦々」がまもなく始まる。ぜひご覧頂きたい。
20071010~1110 フォト・ギャラリー・インターナショナル
www.pgi.ac
投稿者 kuwaharamoichi : 2007年10月02日 23:31
