2007年09月 アーカイブ
2007年09月30日
女になりたい。女になりたい。女になりたい。

女としての自分が存在しなかったら、いつまでも生きている心地がしないから、手術をする。
女になりたい。女になりたい。女になりたい。生きた心地がしないのなら、命尽き果てた方がいい。ひたすら先に進むしか、未来を生きる術など見つからない。
「アスファルトの帰り道」川村由紀著より
谷田一郎の個展で紹介された、DJ VENUSこと川村由紀さんの自伝小説を一気に読んだ。
古くは”おしん”、そして、イメージとしての武士道のような凛としたものを感じた。
生きようとすることにぶれがない。
”ひたすら先に進むしか、未来を生きる術など見つからない。”
このフレーズは大げさなようだが、私も含め、ほんとうはみんなそうではないのか?
心臓さえ動いていれば生きているのではなく、
死にたくないという切実な念いや
生きたいというはっきりとした欲望に
私は嫉妬を覚える。
ただ生きていることも自然と一体なら美しい
しかし、300キロ出せるエンジンで毎日15キロのスピードで走っていることに
なんの違和感ももたない人生を生きるのは私は嫌だ。
川村由紀は、はっきり生きている
絶壁にたって生きているとも…
そこに感動する。
親は選べないというセリフがある。
しかし、その視点に立てば私も被害者になる。
恥ずかしいがいままでどうも私はそう思っていた節があるが…。
弱者の正当化は未来に壁をつくってしまうことにもなりかねない。
人間はどんな境遇にうまれたひとであれ、うまれて来たことには意味があると思う。
この本を読んでもう一度そのことを反芻した。
意味がない。から始めるか、意味がある。から始めるかで
幸せの意味もどんでん返しで変わってしまう。
自分を幸せにしなさい。これも間違いではない。
しかし、ひとは、ひとりでは生きていけない生命体だ。
自分以外の誰か、から、出来れば好意を持つ誰か、から
自分をどう見てもらえるか?
これがなければ生きていけない弱い生命体だ。
つまり、誰かを幸せにしなければ自分は幸せになれない。
というやっかいな生き物ではないか。
自分だけでは幸せになれない生き物。
ここから、始めればすべてを肯定的に生きていけるのではないか。
この小説にはバイオレンスも冒険もロマンスも革命も哲学もすべてが盛り込まれている。
どう読むかは読者次第だ。
生きていることに弛緩したら
漫然とルーティングで生きているなら
一度読むことをお勧めする。
人間はどんな風に生きてもいいんじゃない。
確かにこれはうまれたきたからには正しくまっとうで大切な哲学だ。
どこかにそれを指示=支持してくれるひとがいるならば…
それを愛と呼ぶのだろう。
愛だろう!愛だろう!愛だろう!

http://www.shop33.com/freepaper/2004_03/c.html
投稿者 kuwaharamoichi : 06:39
2007年09月29日
ニュータウン入り口 作・宮沢章夫

宮沢章夫の芝居をみた。
長い芝居をみていたはずなのに、
気がついたら
いつのまにか美しい映画を見終わったような
時間と空間と思考のズレにまんまとハマった。
しかもそれはとても
かっこいい
ことだった。
スクリーンに現れる限定されたイメージが観客を支配しない膝間づかせない…
つまり送り手のイメージに観客が囚われることなく、
観客自身が自由に想像力を解き放ち
そのひとりひとりの想像力が目の前に映し出される映像に加味されることで
いつのまにか観客自身が主体となって
そこにしかなかった時間と作品が生まれること
そんな映画(映像表現)がつくれたらといつも思う…
ここにはそれがある
時代は暴力的にすべての意味を明快にさせたがるが、
分かりやすさを優先させ過ぎると大切なものを失うのではないか
主人と奴隷
女性たちがリードする日本の脆弱で経済中心主義の文化シーンでは
ソフトなマゾが流行なのかもしれない。
みんな鞭で打たれたいのだ。でも痛いのは嫌よ!
たぶん、主体を放棄したいのだ。
…もしかしたら、それほどまでに社会はみんなの知らないうちに
ファシズム化しているのかも知れない。
夢を持つなんて、本当の自由を求めるなんて、こんな社会で誰が、
どんだけ?
使い方が違うかも知れない

それにしても宮沢章夫は、いい顔してたな。
満足している男の顔は誰もがハンサムだ。
満足=煙草を深く吸う男
○ットでもやっぱりいまだに男はそうなのか
それにしても、くりかえし、前にも書いたが、よけいな詮索だが、
いつみても女優のように美しい宮沢章夫のパートナーの存在は存在は存在は
ず〜と昔から私には謎で、人類はまだまだ知らないことが多すぎると
ぼんやりと示唆してくれるくれてるぐれてやる

で、とてもいい気分で
世田谷線に乗り
最近割とよくいくsasayaで
ひとり
食事をした
隣でワインを冷却装置付きデカンタで飲んでいたふたりのサラリーマンの会話が恐かった
やんわりお互いがお互いを非難し合っているのだ。
ゲイの喧嘩にもみえなくはない。
病んでいるぞこの社会は働けば好きなだけ酒が飲めるのも今のうちかも知れない…
小雨の中をそんなことを考えながら歩いた歩いた歩いたあるかいだ

いい話し。
休刊中のMacPowerの高橋編集長もやはり宮沢ファンでこの芝居もプロセスから追いかけているようだ。そこがセンスがいい。
しかもしきたりやたてまえやあれやこれやで本を作らないところも尊敬している
時代を真っ直ぐみている姿勢がほんとうにかっこいい。
復刊は間違いないだろう。
廃刊は時代が許さないさ。
高橋くんもいい顔してたな。
顔は正直だ。
鏡は見ない。
投稿者 kuwaharamoichi : 06:38
2007年09月27日
谷田一郎の優しさに触れる夜

アンティックのグラスが好きだから
ほんとにたまに気になって覗く
六本木のアクシスの三階にある食器屋さんSAVOIR・VIVREで
谷田一郎の個展があった。
Dictionary1010号から始まる
art storeに谷田一郎の木彫りを紹介させて頂いたこともあり、
木彫りがとてもおかしくて好きだったこともあり
今年は写真と油彩の個展におジャマした。
なんだか思い返しても涙が出そうだ。
作家のやむにやまれぬ気持ちといえばいいのか、
「愛情」
ということばを使ってしまえば
感じた気持ちが滑り落ちていく
あんなときは、なんて言えば良かったのだろう。
言葉にしようとしなければいいのに…焦ってしまう。
きれいな色。居心地のいいモダンな配置。
どれもすべて高級にデザインされている。
で、コワイくらいに描く対象に深い(愛情)念いがあること。
書き出したら止まらないのだろうな。
書き出した衝動すら忘れるくらいに。
集中力が美
優しいお父さんにもお会いした
とっても優しい谷田一郎
友達たちの佇まいもよかった
言葉を必要としない輪だ
やっぱり思い返しても涙が出そうだ
愛にあふれる個展だった。
ないものにはあるのものがまぶしい。
あると思ってるものがないと分かった時の落胆も…
わたしはいったいどこをあるいているのだろう

廃刊?
ま、休刊にしておこう。
時代の空気を伝えるのが雑誌の役割とすれば
谷田君たちもそうだが、
80年代を青春した世代(30~40代)の空気を見事に伝えていた思う
見た目はとっても今であんなにスタイリッシュな雑誌の休刊は
まったく寂しい
いかん!よこれは。
で、私は最近のどの雑誌よりも
私の理想としたクラブカルチャーの形が「雑誌マックパワー」には
あったと断言したい。
つまりあの雑誌がまんまクラブになっていたら
大層楽しいと思うのは俺だけ?
しかも建前は会員制でね。
もちろん、その感じが、排他的だ、スノッブだ、と面白くない人生を生きてる奴は
嫉妬や妬みや疎外感で文句を言うんだろうな。
それもわかるからそのサイズで出来る方法を考えるしかない。
しかしもうMr.Tはそんなことは十分承知で復刊を進めてるんだろうな。
雑誌名がmacpowerでないことは確かだが。
私のいい分は、
選曲をつづけさせろ!
投稿者 kuwaharamoichi : 07:01
2007年09月24日
JOHN TRAVOLTA TRANSFORMS INTO A WOMAN

ミュージカル映画 HAIR SPRAY
great movieよ! 初老の白人女性がそう叫んだそうだ。
思えば遠くへ来たもんだ。
人類は進化している。
そんな当たり前のことを映画は教えてくれる。
時間を盗んででも映画館へ行こう!
映画はどのメディアよりも分かりやすくそのことを教えてくれるから
あの頃、映画好きの私たちは
ロバート・デニーロが役づくりのために太ったことで驚き賞賛した。
誰にも真似のできないデニーロの役者魂に私の若い心は素直に唸った。
しかしだ、この映画を見た瞬間
そんな私の淡い記憶は壊れた掃除機の中へ藻くずと消えた。
たった二十年ほどでこんなにも価値観は変わるものなのか。
当時デニーロに比べればちょと柔にみえたトラボルタの存在だったが、
無闇にひとをあなどってはいけない。
私の目は節穴だった。どんだけ?
JOHN TRAVOLTAは、
あのパルプフィクションで、たった一本の映画で、
それまでの有象無象をすべてをひっくり返してしまった。
もうあれからあのまま今最高にかっこいい俳優になったままだ。
で、HAIR SPRAYだ。
あまりにすご過ぎて、ちょっとまだ言葉がみつからない。
変身願望は誰にもある。極端な場合は、頭に角を生やす奴までいるのだから…
それも分からない訳ではない。もちろん私は嫌だ。がタットウーなら入れたい衝動に駆られる時もある。でだ。テクノロジーの進歩に人間が併せていくことの不自然さをいつも感じていたがいままでず〜とまんますべて呑込まれて来た。にもかかわらず、いまもやはり不自然さを消すことは出来ないでいる。そのことを歳の所為などというアホな輩は無視するが答えはまだ思案中である。だから、JOHN TRAVOLTA だ。
天才という言葉ではなんともものたりない感じがするのだ。
ハリウッドは化け物をつくる街なんだと片付けるわけにはいかない。
JOHN TRAVOLTA TRANSFORMS INTO A WOMAN
今日のところはトラボルタを神と讃えよう。
PS.
アメリカの属国である日本は、生活様式も当然アメリカ型になり、
今ではアメリカ人の肥満率に迫る勢いで肥満が進んでいるらしい。
インドではその昔、肥満は金持ちの象徴であったが、
現在のアメリカでは低額所得者の象徴であり、日本でもそうなりつつある。
このHAIR SPRAYは、そのネガティブな面をポジティブに見せる映画の魔法を正しく使っているのだが…
つまり、いまのアメリカの映画館はそんな低額所得者向けのマーケットに落ちこぼれていることの証明でもあるが、これはアメリカだけの話しではない。ですか?
http://www.youtube.com/watch?v=u445FoyHlUw
http://www.o-meon.com/images/reviews/2007/07-10_HP_&_Hairspray/07-10_HP_&_Hairspray-3.jpg
http://www.hairspraymovie.com/
http://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/mymart/cabinet/import/hairspray-b.jpg
http://shop.newline.com/cat/Hairspray-Hairspray-Edna-Turnblad-Adult-Costume-with-Wig-Men.html
投稿者 kuwaharamoichi : 08:45
2007年09月21日
ターン・ターン・ターン!

うたってモデレルキュートなco2girlの登場です。
ok!watasiこれからふざける!と決めると外国のブラッドは、
あっという間に血圧が沸騰する。
久しぶりにうまれながらのハッピーガールに対面した。
しかも、なにも、驚れ〜たのは、ターン・ターン・ターン!
舌が、ものすごく、長が〜〜〜イ。ひとだったさ。
で、スタジオで撮影のテストをかねて何人かの女性が舌をべろ〜んと出したのを観察しているうちに気がついたのだが、最初は困ってちじこまっている舌も、なんども使っているうちに舌はどんどん滑らかさを増し、そのうち舌は勝手に自由自在に動き始めるのだから知ってるつもりは誠に愚かだ。
これまでの私の認識では、
舌を出して、「ベー」するのは子ども特有の表情としては認知していたものの、
普段意識して自分から舌を巧みに動かすことは、私の場合はしない。
ともあれ、私たちはまだ未開発の器官を眠らせたままその使い方を考えることもなく
すごくもったいないまま過ごしているのかも知れない。
つまり、舌はあなたが思っているよりはかなり長いし、しかもいろいろに使える個性ある機能なのだ。と感心した訳。
ターン・ターン・ターン “TURN!TURN!TURN!(To Everything There Is A Season)” The Byrds
これは、有名な旧約聖書「コヘレトの言葉」(新共同訳、口語訳では「伝道の書」)の3章である。聖書をそのまま引用すると
コヘレトの言葉(3:1〜3:8 新共同訳)
何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時
植える時、植えたものを抜く時
殺す時、癒す時
破壊する時、建てる時
泣く時、笑う時
嘆く時、踊る時
石を放つ時、石を集める時
抱擁の時、抱擁を遠ざける時
求める時、失う時
保つ時、放つ時
裂く時、縫う時
黙する時、語る時
愛する時、憎む時
戦いの時、平和の時
こんな凄い歌だったのか…
http://www5f.biglobe.ne.jp/~gospel/a-column201/column/rock/1068292006.html (引用)
おまけ。

毎回天才的な着想で私たちを驚かせてくれるヘアメイク(隠れ映像作家)の小西くんはこんな可愛いものをさっとつくってしまう。モテる訳だ。ねぇ、平間君!
投稿者 kuwaharamoichi : 08:02
2007年09月20日
「山口小夜子さんを送る夜」

iCALに予定していたはずなのに…
事務所に訪れた最後の写真家のお客様をお送りして、もしかして、と心配になり、
THE ENDで確認した。あっ! 時既に遅く、送る会は終了していた。
なんてことを…
こうして日記を書いていても送りに行けなかった後悔の念は消えない。
そんなに親しいひとではなかったが、会えばひとことふたこと話す関係だった。
その側にはいつもトシちゃんや、ハジメがいるという…
懺悔の重いを吐き出そうと書き始めたのだが、
今思い出したことがある。
あまりにも昔のことで私の記憶は曖昧だが…
確か表参道で、小夜子たちが夢中になっていた
名古屋在住の占い師に会ったことがある。
どこの喫茶店だったのだろう。たぶん、森英恵の近くだったような…
しかも、なぜか、なりゆきで、そのまま、わたしもその男の住む名古屋へ、
占い師について名古屋へいったのだ。
私の記憶ではどうかんがえても中年のサラリーマンのような?普通のおっさんだった?
なんでもない風だからよけいに如何わしさを感じたその占い師から何を言われたか…
まったく覚えていない。覚えているのは、翌朝、
彼のうちの朝飯のテーブルにみんなで座ったこと。
居心地の悪さというか、シュールさはたとえようもないはずだが、
それも覚えていない。
覚えているのは、彼が、”納豆にはマヨネーズを入れた方がうまい”といったセリフ。
それが彼の印象としていまもこうして覚えている。初めて会った如何わしいおっさんと小夜子さんたち、なぜかそこにいる私。
うん? もしかしたら、小夜子はそこにいなくて、私ひとりでついて行ったのかも知れない…謎だ。
このことを小夜子に聞いてみたかったが…旅立ってしまった。大変残念だ。
私には小夜子は最後まで謎な存在だった。
ご冥福をお祈りします。
投稿者 kuwaharamoichi : 08:15
2007年09月17日
あとになって意味が変わる瞬間

STARFLIGHT -PLANETARIUM VERSION-
Kuchiroro口ロロ
未来はいつも想像以上で…
若い心を爽やかにうたう口ロロが好きだ。
まだまだまだ若い心は死んでいないから…たぶん
そうひとはいつだっていとも簡単に18歳の自分に還ることが出来るだとe貼りたい。
数日前、浅草で18歳の自分と朝まで飲んだから…
あの頃の記憶を目の前にして緊張とうれしさで思わずはしゃいでしまったのだ。
なんにもなかったからっぽの自分と出会っていた。
なんだかうぶな自分が恥ずかしくてうれしくていくら飲んでもなぜか酔わなかった。
噂では吉原のお姉さん方が夜明けに訪れるというそのBARは
その夜、私の18歳の記憶のタイムカプセルだった。
時間の裂け目は確かにある。

夢の続きのような…
未来はいつだって想像以上だ…口ロロ

そんな前向きパワーの心をときめかせてくれる展覧会が始まった。
時間を盗んででも出かけて欲しい
できれば寝転んで…愛しいあのひとの膝枕か腕枕で
夢の続きを見て欲しい
LIFE -fluid,invisible,inaudible
SAKAMOTO Ryuichi+TAKATANI Shiro
http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2007/LIFE_fii/index_j.html
今がきっとその瞬間…口ロロ
でも言われなければ分からないのが「その瞬間の」…今いとこだが、
兆しは、実は意外とみんな分かるもんではないか?
ヒップホップもパンクもマッハで世界を席巻したのだから…
私はその兆しを今再び感じている
MR,北山 IS BACK!
あの北山耕平が還った来たのだ。
「ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」北山耕平著(太田出版)
「インディアンは笑う」北山耕平編 (マーブルトロン)
その兆し次々と送られて来た。

前者にこんなくだりがある。
なにも話さなくても良いときほど幸せな瞬間はない。
沈黙は言語を超えた言語である。
誰かと一緒にいて、なにも話す必要がないくらい深いところでこころが通い合い、
互いにコミケーションがとれていることがわかるときほど、安心で幸せなことはない。
途中略
沈黙を通して話しあおう。言葉を介在させずに、相手の心を理解しよう。
今こそ沈黙の持つ力を、再認識したいものである。
途中略
ユング先生は西洋の文明の行き詰まりを予見したが、死ぬまで「沈黙の言語」を理解することなく、なにかから逃れるかのように話し続けたのだろうな。(北山耕平)
あとになって意味が変わる瞬間…
今がきっとその瞬間…口ロロ

投稿者 kuwaharamoichi : 20:02
2007年09月13日
エメラルドグリーン

RADIO COMEDY CLUBKING 放送開始!
投稿者 kuwaharamoichi : 23:04
2007年09月09日
IT'S A MAN'S WOLRD
月刊「ブレーン」の鼎談に参加した。
その場所が偶然COMME DES Gの裏だったこともあり。
本当に久しぶりに店内を覗いた。
若い。すこるぶ若い。
時代のマーケットがそこにあることを再認識した。
これから25歳以下がますます増える日本のマーケットなのだから当たり前か。
もはやユニクロもコムデも同じ土俵なのかもしれない。
で、気を取り直して
私にも手の出るスエットをみつけた。
オフホワイト色が新鮮なパ-カーだ。
すでに古着の風合いを醸し出しているがこれなら10年は着倒すことができそうだ。
私がコムデを買う基準。
話しは、裏だ。
近田春夫がこういった。
誰でも表現、出来る、したがる、時代だが、
自分が知る限り
才能があるひとは稀だ。
森村泰昌はこうもいう
本当は表現はどうでもよく
みんな人気者になりたいだけ
そして、くずも、すべてはマネージメント次第だと。
奇しくも同じ世代の時代を見る目は辛辣だ
積極的になにもしない近田春夫
やり通すには時間が足りない森村泰昌
責務で生きてる私には
どちらも
うらやましい限りだ
そんなもやっとした気分に朗報
laurent anzai momy’s scrapbook
いつものことながら
視点がシャープだ。http://www.agitprod.net/journal/
本物はいるのだ。
真の才能を持つ男たちの存在と表現は
暗くなりがちな時代のムードを一瞬吹き飛ばしてくれる
惜しいひとを失った
記憶は残る
それがいまの力ではないか
すごいものを体験するとついつい涙腺が…
肉体はもろいが信じる力は無限だ
あたらしいものがうまれにくいのでも
あたらしいものがうまれないのでもない。
経済を潤沢にする為の道具が
もうとっくに飽きられているだけなのだ。
Mr Pavarotti そしてJBへ 黙祷
投稿者 kuwaharamoichi : 14:34
2007年09月05日
”こいつって、ロックスターじゃん。”
かぶりつきでシアター・ブルックに魅せられている私の後ろで
ふたり組の若者がこう呟いた
”こいつって、ロックスターじゃん。”
この冷めた客観性はどこからくるのだろう
音楽が好きでここにいるのではない奴ら
と いえばいいのか
ナンパ出来ない率300%男子
とでもいえばいいのか
きみらの自分はどこにいるのだ?
余談はさて置き
まさにジミヘンの再来か?
ロックの神髄を完璧に再現出来る男たち
あのシアターブルックのタイジに久々に打ちのめされた
タイジのめちゃうまギター、信頼の寡黙なベース、はっちゃけドラムス
そのギリギリ三人のバンドがまず最強なのだ。しかも、そこへ、超がつくエマーソン北村が絡むからそのバンドの醸し出すグルーブにもう抵抗は出来ない。踊れ踊れ!
五年越しのタイジ(さとう)のラブコールが叶い
初日のフィナーレを見事に決めたあのシアターブルックの
放つロック・ダンス・バンドは”ソー・ファッキン・グレイト!!”だった。
はい。誠に素晴らしかったのです。
で、この四年間通いつづけた
北海道の夏フェスRSRはまさに天国だった
そして今回初体験した福岡 love&unity
噂のsunsetlive2007はまさに極楽だった。
”海の前にカフェを初めて17年になるんです…”
サーファーでカフェ経営者の林さんが
最初は店の駐車場で始めたライブ・イベントは、
17年を経て三日間で2万5千人あまりの観客を動員する
福岡最大の夏のフェスティバルに成長した
そのガッツ!林さんは超多忙にもかかわらず、
今年初めて訪れた私を、自ら会場内を案内してくれた
私はその人柄に感銘を覚えた
また言葉に尽くせないハードルを黙って超えてきた
真のサファーだけが持ち得る強靭で清らかな精神にも憧れ感動した
身体で知る地球のリズムとは?
自然と一体になる瞬間を知ってるものだけが知っていること…
きっと毎日毎日飽きずに波に乗ることでしか分からないものだろう
そんな生き方を何十年も貫くものにしか生まれてこない哲学が
きっと真のサーファーにはあるのでがないか…
いつものことだが、私が彼らから感じるオーラは
まるで部屋の隅に置いてある観葉植物のような静かさだ
つまり、とてもナチュラルできれいな波動を感じるのだ
地球の波動と共に生きるひとは
私をすっかり安心させてくれる。
そう信頼出来るひとなのだ
SUNSETLIVE2007
来年私はきっといく。
以下は内緒でごらんください。
投稿者 kuwaharamoichi : 22:23
2007年09月04日
おやすみなさい、柏崎刈羽原発
署名運動が始まりました。
9.5.6:40 現在1669名の方の署名が集まっています。
投稿者 kuwaharamoichi : 08:29
