2006年12月 アーカイブ
2006年12月31日
コメディはニューロック

グラフィックデザイナーのJonathan Barnbrook
と
写真家の米田知子さん
に
神戸で
お会いした。
「言葉を失ったdictionary」
次号114号の為の対談である。
クラウンプラザ神戸(旧 新神戸オリエンタルホテル)
”アイデアに爆撃は出来ない!”
その昔、青山の展覧会でこのフレーズのポスターに衝撃を受けて以来
どうしても会いたかったアーティストである。
強い意志をもった作品をそのまま写し出す発言の数々に感銘を受けた。
What New! Whats cool!
デザインの目的はこれではない。
なぜなら、これらの言葉はコンシューマーリズムによって生み出されたものだから…
デザインにも責任があることをまず自覚しなければいけない。
社会をリアルリスティクに捉えることがデザイナーの責任である。
市民が恐れることにこそデザイナーは立ち向かっていかなければならない。
自分はデザイナーである前に、「良き市民」でありたいと考えている。
I LOVE COMEDY
…イギリスではコメディは常にニューロックだと信じられている。
…自分のことを余りシリアスに捉えないで、道化になることが必要だとおもう…
この続きは次号DICTIONARY(media clubking)で。
Jonathan Barnbrook
http://www.tdctokyo.org/awards/award97/97nonmemgold.html
米田知子
http://www.shugoarts.com/jp/yoneda.html
投稿者 moichi : 09:52
2006年12月27日
TV COMEDY CLUBKING
http://www.clubking.com/contents/cck_kousin.html
投稿者 moichi : 08:57
2006年12月20日
とあるモップス

妙に存在感のあるモップスが鎮座していた。
新、がつくからか、国立、という権威だからか、
そこは新国立劇場、小ホールの舞台裏だ。
その場所に関係の有る無しに関わらず
身についてしまった己の漠然とした価値観に翻弄される
人の意識はもろく揺らぐブランコ。
対談があった。
場所は新国立劇場地下会議室。
2007年の最初の号になるに次号dictionary114号に向けて…
「言葉をなくしたdictionary」
表現者は今なにを言えているのか?
対談、その一
最初の対談は、
チェリフィッチュの岡田利規さんだ。
岡田さんは、劇団チェリフィッチュ主宰であり、劇作家として岸田戯曲賞を受賞されている。
現在、新国立劇場小ホールで「エンジョイ」を公演中の楽屋を訪ねた。
その対談相手は、
ここ数年私にポジティブなエネルギーを与えてくれる
宇宙レコードやあのコンドルズで活躍の小林顕作さんにお願いした。
また、この対談は、同じ演劇の世界だが、お互いほぼなにも知らない同士という変化球にも拘った。

結果はズバリだった。
面白いが×と、こんなに面白くなるという結果に
次号dicの企画意図がここからどんな展開をみせるのか?
偶然から生まれるいまみえないものに心が躍る。
さて、コンドルズの海外公演では。
どんな国に行っても必ず現地語をマスターし
全身全霊で観客と交流し、死にものぐるいで笑いを取って来た。
と豪語する顕ちゃんの晴れ晴れとした表情が
人間の美しさだ。
来年早々に、ロンドン、パリ、ローマ公演だそうだ。
片や、岡田さんは、ブルュセル、パリと公演を行うそうだ。
こちらは字幕付き公演。
一部だけでも現地語で、と突っ込む顕ちゃん。
う〜ん、では、みんなに、今日あった小林さんがそういっていたと話しますと欧州する岡田さん。
ぼくみんなに嫌われますね。の顕ちゃん。
誰という訳ではなく、今日会った小林さんとだけ。と岡田さん。
間(絶妙な会話の連続)
一日だけ誰になりたいか?と顕ちゃん。
う〜ん。岡田。
矢沢永吉。エ〜チャン。顕ちゃん。
二階席乗ってるかい〜と叫びたい。
六本木で打ち上げの時に全員におごるといって喜ばせ、
帰り際に、”俺、持ってる金、全部ドルだ。”といったひとが矢沢永吉なんですよね。
なりたくないな。岡田。
それ、俺も言いたい。顕ちゃん。
私はダブル・カーテンコールバージンなんですよ。岡田。

もう7〜8回は普通ですね。ぼくが帰さないから。顕ちゃん。

お前、ほんとは感動してないだろう!って。
外国人の公演だと、立ち上がる。気分だけで演劇を鑑賞する馬鹿な奴らが許せない。
岡田。
立場消滅発言がぼくのやりかたなんですよね…
顕ちゃん。
次号dic104号の紙面に言葉はない。
続きを読むのは貴方の次第。
乞うご期待。
なんかさ〜、最近、いいたいこといえないかんじになったよねぇ〜。
コレって、誰の声?
投稿者 moichi : 00:48
2006年12月18日
泣ける。
今朝教授のAPMLで知ったムーブメント。
http://www.youtube.com/watch?v=j5nxeaB88Lw&mode=related&search=Free%20Hugs
こんな奇跡のようなことが起こるから人間止められない。
投稿者 moichi : 22:00
2006年12月10日
ただの箱なのです

もしテレビが娯楽と逃避のためだけの道具なら
もともと何の価値もないということですから
テレビは人を教育し
啓発し 心さえ動かします
だが それはあくまでも
使う者の自覚次第です
それがなければテレビは
メカの詰まった
ただの箱なのです
グッドナイト そして グッドラック
“放送の良心”としてアメリカ国民に愛された、エド・マローの生き様を描いた本格社会派ドラマ。“マッカーシー”批判と呼ばれる歴史的事件を背景に、時の権力者に立ち向かった男たちの真実の物語。
美しいモノクロ映画だった。
いい音楽を聴くのにステレオはいらない
知人のセリフがこの美しいモノクロ映画と重なる。
戦後の私たち日本人は大切なものを簡単に捨てて来た。
アメリカの属国だからといってシニカルを装うのが私のいつものカッコつけだが、
この映画を製作するアメリカ人の素直さには言葉を失う。
しかも2005年度の製作映画だと聞くとますます頭が下がる。
マーケティングがすごいともいえるが。
で、丁度、今朝の毎日新聞の時代の風に書かれたことを引用すれば、
キーワードは「復元力」だ。
先の中間選挙で、民主党が圧勝したアメリカは、
ほんの昨日まで、世界から憎悪される帝国主義国だったが、
再び自由の国アメリカへと恐ろしい勢いで復元力が働いているようだ。
まるで子供のような素直さで再び正義の国に戻ろうとする復元力こそがアメリカのダイナミズムだろうが、ネオコンが支配する全能幻想に踊らされたブッシュに取り入り、
そして取り残された亡がらのような美しい国は、復元力を云々するまえに、
このまま奈落の底へ落ちていくんじゃない?の不安の方が先に立つ。
テロとの戦い、悪の枢軸との戦争、こうした原理主義的理念から米国政治は離脱の時を迎えているそうだが、日本にはそれを成し遂げる政党も政治家も私にはみつからない。
望むべきは、こうした映画をみたマスコミに関与するサラリーマンが反旗を翻し、
日本にもただのゴミ箱ではないメディアがあることを証明して欲しい。
そうすれば、長いものに巻かれる楽さに慣れた日本国民も
せめて選挙に関心を持ち始めるのではないか。
大げさないい方になったが、
お調子者の私はこうしたガッツある映画を見ると腹の虫が動き出すのだ。
といって、私が今度CSファミリー劇場で始める、
「テレビ・コメディークラブキング」に
それを求めるのは
二階から目薬だ。

投稿者 moichi : 22:22
