ニューヨークで感じたafter311 Yuri Shimojo Special interview

911と311
- 911の時、ユリちゃんが、送ってくれた情報は、それまで日本のメディアから伝わった情報とは大きく違いました。
わたしも、おどろきました。NY市民としての911の体験が、不条理な世の中に対する意識革命を芽生えさせたんだと思います。
- 日本のメディアには目に見えないフィルターがかかっていると気づきました。
当時dictionaryに掲載させて頂いたユリちゃんのレポートのお陰で、私たちはニューヨークで起こった911の現状をより正しく理解出来たのです。
その違いを証明するべく、あそこまで生々しい日記全文を掲載してくれたメディア『dictionary』に感銘・感謝しました。そして、ただの日本のサブカルチャー誌ではない、ということを、桑原茂一という方が日本になにを伝えたいか、‘教育したいか’の本気を知りました。まさに“知恵の辞書”であろうとしているんだ、と感じました。
- そしてまた今回の震災のことも、ユリちゃんが教えてくれたBBCのドキュメント“Japan's children of the tsunami”を見ることで、大切な視点が抜け落ちていることに気づかされました。
一般の日本国民には知られていない、日本の事実にせまる海外のジャーナリズムには無視できないものがたくさんありますね。
- 911の時と同様に今回の自国で起きた悲劇でさえ外国に住む方々からの視点に頼らなければ現実を正しく把握出来ず、自責の念にかられます。もちろん、911の時代と違い現在はインターネットの時代ですから、大手メディアを鵜呑みにはしていませんが、国民の意識を大きく左右してしまうはずの大手テレビメディアがこんな風に弛緩してしまっている現状に異を唱えない日本は本当にこれで文化国家と呼べるのでしょうか? 自分自身の不甲斐なさも含め強い憤りを感じます。
在外日本人の多くの人が震災後に帰国した感想の中で共通なことがあります。それはあまりの“なにもなかったかのような状態への違和感”に、‘恐怖感’を感じたということです。「震災前と同じ状態に」という政府のプロパガンダ、それに合わせるかのようにメディアは「もとどおり」になっていったんでしょうね。「なにもなかったフリ」をすれば「もとどおりのフリ」もできますけど、それは自分の国の変革期を無視していることになると思います。
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