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dictionary139号
THEATRE PRODUCTS インタビュー (11/03/02)


中西妙佳(デザイナー)× 武内 昭(デザイナー/代表) × 金森 香(広報)

「仲良しってわけでもない。お互いだめなところも、まあ良いところも知ってる。
ダメ人間として居直ってるところとノンキなのが共通点で、
あとは、超テキトーなんだけどギリギリ辻褄あわせながらも約束を果たすところとか。
何にしろ、その根性と卓越した胆のすわり方は信頼している。これで当社10 年目です」
金森 香(THEATRE PRODUCTS)


Photo by Chikashi Suzuki
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インタビュー#4

シアタープロダクツ
武内 昭( デザイナー/代表)
中西妙佳(デザイナー)
金森 香(広報)

聞き手:桑原茂一


アパレルメーカーの役割のすべてを舞台上に上げて、
そこに新たなスポットライトを当てて見せたい。


武内 シアタープロダクツの武内と申します。シアタープロダ
クツではデザインとパターンを担当し、代表取締役を務めてい
ます。
中西 中西と申します。デザインを担当しております。
金森 金森香と申します。シアタープロダクツの中では、デザ
イン以外の業務を担当しています。広報やファッションショー
の企画等、どのようにお客様に私たちを届けていくかというこ
とを担当しています。三人がブランドを始めた経緯ですが、武
内と中西はエスモードジャポンという学校時代からの知り合い
で、それぞれ別の会社に勤めていました。その二人があるグルー
プ展でアート作品を発表した際、そのインスタレーション作品
を私がたまたま観たことをきっかけに、二人と知り合い、2001
年に急に会社をつくることになりました。出会いはそのような
感じです。
武内 シアタープロダクツを作る前は、コム・デ・ギャルソン
でパタンナーをやっていました。その時はすごく楽しくて、ク
リエイションのある現場を、きちんと創り出す仕事を経験出来
たと思います。辞めた後一年くらいのブランクがあって、その
間に金森と知り合い、ちょっとファッションとは違う作品をつ
くったり、舞台衣装をつくってみたりと、その時は中西と一緒
に活動しており、二人で自分たちの表現方法を模索する一年だっ
たと思います。
中西 私は、サンエー・インターナショナルというアパレルの
会社に勤めていました。当時20 近くのブランドがあり、その中
のひとつのブランドに配属されて2 年間企画として働いていま
した。並行してシアタープロダクツの前身の活動をしている時
期もあったんですけれど、会社を辞めて半年後くらいには、新
しくこの三人でシアタープロダクツという活動を始めようとし
ていました。
武内 シアタープロダクツとしては、アパレルメーカーとして
活動しているその全てがクリエイションだと思って世の中に発
表しているつもりでやっています。
金森 ゼロから会社をクリエイションしていく行為が、大変だ
けど、どんなに面白くて素晴らしいことか、いちいち自分たち
が感動しながら創り上げていったような所があります。具体的
には、ファッションショーの手法とか、展覧会の見せ方だった
りとか、そういう所に表質していたのかなと。例えば、一番わ
かりやすい例で言うと、会社が五周年の時に、パルコミュージ
アムでの展覧会があったんですが、そこではブランドコンセプ
トをお客様に伝えられるまたとないチャンスだと思って、会社
自体を18 日間、パルコミュージアムの中に引っ越して会社のす
べてを見せるということをしました。また、カット・アンド・
ソーンというワークショップと展覧会を日本と海外でやってい
て、現地で調達できる何らかの布を、例えばカットソー工場で
出た使われなくなる廃棄予定の布等を縫い合わせた巨大なパッ
チワークの布から洋服を創り出していくというものです。それ
も洋服が生まれる最初の喜びみたいなものを共有できる企画だ
と思っています。ただ洋服を並べて売っていくことだけじゃな
くて、それ以外の方法でも繋がりをつくっていくことに自分た
ちは興味があります。
武内 つまり、アパレルメーカーにまつわる全ての事を舞台に
上げ、そこにスポットライトを当てて見せていきたい。そうい
うブランドであり会社にしたいと考えたことから、「シアター」
という名前が出てきて、そこから『シアタープロダクツ』とい
うブランド名に辿り着いたんです。



性格的にみんなちょっと呑気という
共通点があると思いますけど何か他の選択の余地なんか
ある訳が無いと思っているので、
今の場所を良くするしかない。



武内 本当にファッションでいいのか、本当にファッションと
いうのは面白い分野の仕事なのか、というのを一番迷っていた
時期は学生の頃だったと思います。今僕は「もうこれしかない」
という気持ちが強いです。
中西 私は小さい頃から「洋服をつくる」ということを仕事に
したいと思っていたので、無意識に洋服の仕事に向かっていっ
ていたんです。だから、これでいいのかとか、本当はこうじゃ
ないんじゃないか、ということを考えたり迷ったりすることが
なかったんです。その先が必ずある、自分で何かをしなければ
いけない、という感じには思っていたんですけど、会社に勤め
ていた時から、洋服をつくるということの基本的な幸福感はい
い意味でそんなに変わっていない気がします。それは、共感し
てくれる方やお客様がいてこそ感じられるものです。
金森 性格的にみんなちょっと呑気という共通点があると思い
ますけど、何か他の選択の余地なんかある訳が無いと思ってい
るので、今の場所を良くするしかない。自分ができる部分って
いうのは本当に限られていて、そのできる部分が、たまたま三
人バラバラだったということに気づくことができた。洋服はす
ごくわかりやすくて、店頭に並んだ服が売れる売れないという、
いいバロメーターがあります。もちろんそれだけじゃなくて、
イベントに来て楽しかったとか、服は買わないけどブランドコ
ンセプトに共感しているお客様がいらっしゃいます。今、お店
は直営店舗が3 つあるんですが、そこでのお客様の服を見ての
反応が、最終的に私たちが一番大事にしているところです。
中西 洋服って特に難しいことを提案する訳ではなく、ちょっ
と先の憧れみたいなものをカタチにして見せてあげる、という
ことができる仕事かなと思っています。例えば、私たちは年に
二回、コレクションや展示会で新作を発表しています。一生続
けても完璧なものは訪れないかもしれませんが、それでもひと
つの大切なかたちにして「また今回もできた」と思える時は幸
福というか、まだこの先の続きがきちんとあるんだなって思え
る感じがしますね。
金森 私は二人(武内、中西)のものをつくる人達に出会って、
彼らがものづくりをしていける環境というのを継続していけて
いること社員にきちんと給与を払えることなどを、月末に毎回
きちんと越えられることで、幸福っていう言葉とは違うかもし
れませんけど、自分がある種の充実感とか達成感を感じること
はあります。あとは、こういう場でもそうですけれど、ひとり
ひとりの顔はあまり見えないし、お名前とかもわからないです
けど、今何か伝えようとしている事を受けてくれる人達を感じ
る時は、勇気づけられます。
武内 会社が出来て10 年なんですけど、会社って成長しないと
続いていかなくて、そういった意味では毎年少しずつの成長は
必ず必要だとは実感しています。そこで、じゃあ、それが一体
どのサイズ感、どの大きさがベストなのかというのが、まだ見
つけられていなくて。それをいつか見つけて、ちゃんとコント
ロールしていきたいなという気持ちはあるんですけど、とても
難しいことだなとは思いますね。
金森 会社として今見えている希望といったら、会社内の次の
世代の人達が経験値を上げて、何か次のものを生み出そうって
いうエネルギーを感じられることは、希望と思えるかな。そも
そも三人でやっているという立ち上げからして、極端なワンマ
ンではない団体ではあるし、そうありたいと思っています。そ
ういった意味で、自分たちに限らず、外を見渡しても若い面白
いデザイナーや、アーティストと出会う事が最近多い気がして
いて、もちろんいい意味ではライバルだし、別な価値観とかが
生まれてきて、そのことに私たちも刺激を受けるだろうし、考
え方も変わっていくだろうし、そういったことは最近楽しみだ
なと思います。また、ファストファッションの登場する中、い
ま築き上げた価値を引き受け、じゃあ私たちに何ができるんだ
ろうと、再び新たな気持ちでゼロからファッションというもの
を、その魅力やその力を考えられる機会が来ている気がします。
今の状況を逆手にとって、何か面白いことができる雰囲気を感
じているのは、希望と言えるかもしれません。




学生時代を巡るそれぞれのルーツ


―高校生の時は、何になりたかったの?
武内 高校生の時は、やたらと勉強させる学校だったので、自
分が何になりたいのか、本当に何も考えられていなくて。何が
やりたいとか、自分がどうなっていくかとか、それを考える事
すら気づいていなかったんです。ただ、受験が迫って来て、「ど
の大学、どの学部、どの学科?」、「何を学ぶか考えなきゃ」っ
てなった時に初めて、「あれ?自分て何をやりたいんだ?」とい
う疑問が出て。でも何も出てこないんですよ、正直言って。と
りあえず大学に進まなきゃいけないみたいなことしか思ってい
なかったですね。ファッションへのきっかけは、とりあえず東
京に出て行かないと人生始まらないと思って、東京で予備校に
通ったんです。そこにすごく変わった先生がいて、授業の後に
ディベートをさせるんですが、自分たちでグループを作って、
その時々でタイトルとかテーマを決めてディベートをやるんで
す。それがすごく良くて、色々な志しを持った人達で、様々な
テーマをやることで、たくさんのものが見えてきたというか。
そのディベートの中で、ファッションというテーマの時があっ
て、ちょうどその頃確かロンドンのFACE という雑誌に、世界
でファッションに貢献した100 人という特集の中に、川久保玲
さんが入ったというニュースから決まったテーマだったんです。
そこで初めてファッションというものが面白いのかも、と興味
を持ったきっかけだったような気がしますね。そこからファッ
ションを目指そうと思いました。高校生の時はそういう場が無
いんですよね。
中西 私は本当に小学生の頃から今の仕事をするんだと思いこ
んでいました。ただ単純だったのだと思います。母も家で洋裁
をしていて、「こういうのがいい」って言って作ってもらって
いたりはしていたので、そういうことも確実に影響していると
思います。その頃は毎日女の子の絵を描いていた気がしますが、
その女の子がどんなにかわいい洋服を着て絵の中にいるか、と
いうことがとても重要だったりしていました。今になって、仕
事にして10 数年も経ってみて、洋服を仕事にしているっていう
ことは、自分にとって社会にとってどういうことなのかと、よ
うやく考えています。社会に対しても少なからず関わってきて
いるので、なんかやっとそういうことを考えているなって、こ
こ最近思っているんです。
金森 私は闇雲に絵を描こうと思って、日本人だから日本画だ
とか思って没頭したりしていました。けれど、それは今思えば
受験っていうことを考えた時に、自分は表現者としてはそんな
にイケてないんじゃないか、ということに割と早々に気づいた
んです。私はずっと演劇がすごく好きだったので、演劇の事を
仕事にできる方法を考えながら、大学というものを過ごしてみ
るのはどうだろうかと思っていました。でもコンテンポラリー
ダンスみたいな、よくわからないものを観に行くのも、ちょっ
と面白くなってきたりとかしていて。東京パノラママンボボー
イズの追っかけもやったりとかしていて(笑)。それで日本画を
やりながら、スカパラのライブに行ったり、そんな高校生でし
たね。絵もそんなに上手くなかったので、大学受験も全部落ち
たんです。当時円高で、日本で夏期講習に通う金額と、ロンド
ンで夏期講習に通う金額を比べたら、ロンドンの方が安かった
り、それで軽い気持ちではあったんですけど、ロンドンのセント・
マーチン美術大学という学校に行ったんです。その頃、出会っ
た友人達を通してファッションを知りました。それまで全然興
味なかったけど、演劇とかをひとりでこそこそ観に行きながら、
その学校でファッションを一生懸命勉強しにきている日本人に
出会って、かなり影響を受けました。




海外進出の時代ですが、
外国の方とのコミュニケーションのあり方に
自信はありますか?



中西 ワークショップでいくつかの国に行って、前述したカッ
ト・アンド・ソーンというのを続けていますが、私は英語が話
せる訳ではないですし、そこで参加している人達も、インドネ
シア語とかベトナム語とかみんな決して英語が話せる訳ではな
いのです。でも言葉だけではなく、ものや色などを共通の言葉
にしてつくっていける仕事だと思うので、そこに対する想いや
イメージを、何かしら伝える方法が動物としてあるのかなと思
うんです。本能的なものとか、もうちょっと嗅覚的なところを
率直に頑張ってみるということは、ひとつの手段かなぁと。そ
れは日本人同士でもよくあることですよね。
武内 国内の取引先でも、シアタープロダクツと仕事をして頂
いているところは、もちろん、会社なので利益を得るためにお
互いやっているのですが、それだけで取引している会社は全然
なくて。それだけでは別にやりたくないというか、それこそ仕
事を一緒にやっていて楽しいとか、自分がやりたいと思えるか
らこそやっているという取引先が殆どです。そして、そういう
環境でしか、良いものは生まれないんじゃないかと思っていま
す。海外の企業とやる場合は、そこがちょっと難しいと感じて
いて、これから海外の方とやる上で、良いものがもし作れると
すれば、そこをクリアできた時なんじゃないかという気がしま
すね。
―やっぱりこの10 年で、自分たち自身が仕事をしながら成長し
てきたっていう感覚はすごく強いんですね?
武内 思い返せば、随分成長をしてきたとは思いますね。
―それは素晴らしいですね。その客観性があるか無いかって大
きいですもんね。ついつい最初からできる人だったって思いが
ちですもんね、人間はね。
武内 最初から、相当できなかったし(笑)。今も全然できなく
て、本当に苦労しています。
金森 そうだね。だから、そういう勘違いは絶対にしない(笑)。
武内 仕事が苦しいのとか、辛いのとか当然なんですよね。
金森 10 ある内の9 は、キツい。
武内&中西 そうだねぇ。それはそう。
金森 マイナスの部分だけを見ていても先に進めないし、そう
いうことを考えている暇があったら、進むであろう良い部分を
考えている方が建設的な気がしています。
武内 最初の出会いでもあった、金森が見た僕と中西の二人の
作品をつくった際の最初のイメージは、道端に風船が落ちてい
てそういうのをちょっといいなぁ、と思えるようなことをやり
たいと思っていたんですけど。それを多くの人に気付かせたい
し、見せたいし、世界中にそれを設置したい、置いていきたい
くらいの気持ちで今もいるので、そういう意味での世界に向け
ての進出の様な話はしているよね。だけど、それをやる時は絶
対勝たなければいけないので、勝つためにはどうするかという
事が大切ですね。








Profile
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シアタープロダクツ
   武内 昭( デザイナー/代表)
   中西妙佳(デザイナー)
   金森 香(広報)


「洋服があれば世界は劇場になる」をコンセプトに、デザイナー武内昭と中西妙佳、
プロデューサー金森香が2001 年に設立。舶来文化の混在した日本独特のエレガンスを
コレクションで発表し続けている。エンターテイニングなファッションショーも特徴で、
ミュージシャンやパフォーマーとのコラボレーションも多い。また、ファッションブ
ランドとして既存の枠組を超えた場でのプレゼンテーションにも取り組んでおり、07
年には8 日間アトリエそのものを展示会場に移し、会社としての日常それ自体を展示
する展覧会(「シアタープロダクツの現場」パルコミュージアム/東京・渋谷/企画:
NANJO&ASSOCIATES)や、09 年には動物やパフォーマーと共に一般客向けのファッ
ションショー(「スペクタクルインザファーム」那須どうぶつ王国/栃木・那須町)を
行う。09 年、シアタープロダクツのこれまでのグラフィックワークの仕事で植原亮輔
(D-BROS / DRAFT)が亀倉雄策賞を受賞。また、継続的に行っているワークショッ
プ企画「CUT & SEWN」はインドネシア、アイスランドをまわり、現在京都造形芸術
大学の授業としても行われている。




Recruit 販売スタッフ(店長候補/アルバイト)募集
○勤務地:大阪
○仕事内容:商品販売、それに付随する事務作業など
○応募資格:20 歳以上の方。週4 ~ 6 日程度勤務可能な方。店長経験者、販売経験者歓迎。
○勤務期間:2011 年春頃予定
○勤務時間:実働8時間、早番遅番の交代制
○給与:弊社規定による
○待遇:交通費支給
○試用期間:3 カ月
○応募方法:下記まで履歴書をお送りください。面接をさせていただく場合のみ、ご連
絡いたします。
○送付先:150-0001 東京都渋谷区神宮前4-26-24 シアタープロダクツ 販売員募集係宛
○応募締切:2 月21 日(月)消印有効