CONTENTS----media CLUBKINGが発信するクリエイティブ
 
/





『dictionary』100号記念対談シリーズ6

佐藤雅彦(慶應義塾大学環境情報学部教授)
×茂木健一郎(脳科学者)

人間が生き生きとしている状態を
「ステュディオス」状態とします





お互いが、つねに気になる存在という、佐藤雅彦さんと茂木健一郎さん。
これまで、さまざまな時、場所で語り合ってきたお二人が、
改めてこの特別対談シリーズで語りあってくれました。
人間が生きていく上での幸福とは、つまるところ生き生きとした興奮状態を
いかに人生の節々に持てるか、そして、日々、新しい発見に興奮できることではないか。
世の中のいろんな「常識」に異を唱え続けている
このおふたりならではの「生きる知恵」をお楽しみください。
構成・編集:吉村栄一


「ステュディオス」な状態

佐藤 ぼく、ずっと、どうしたら英語ができるようになるかっていうのを研究してるんですよ。これまで、ちゃんと英語を勉強してきたんだけれど、茂木さんのようにぺらぺらと英語をしゃべることがどうしてもできない。これはどうしたらいいんだろう、しゃべれるようになりたい、できれば、ぼくだけじゃなくて日本の誰もがしゃべれるようにしたいって研究をしてる(笑)。なかなか難しいんですけど、いま見せてもらった映像(※1)のように、歌で覚えるっていうのは、やっぱり有効だなって思いましたね。


(※1)12月22日発売の『バナナマンのシャブリなコメディ』(通称“シャブコメ”・東北新社)から。

茂木 語学って、やっぱりテンポやリズム、グルーヴってすごく大事ですよね。音楽としての言葉っていう切り口に、ぼくもいますごく敏感になってるんです。言葉がしゃべられたとき、それが音楽としてどう聞こえるか。ぼくの教えている学生も、あんまり英語がうまくないんですけど、それは結局、英語を音楽として聞けてないんです。音楽としての英語のリズムやグルーヴをとらえきれずに、日本語のリズムやグルーヴになっちゃってる。日本語と英語って、極端なことを言うと全然ちがう音楽だから。で、そこからさらに思うんですけど、リズムやグルーヴって、いま、すごく大切な問題だと思うんですよ。いろんな分野で無視できない要素になってる。テレビの番組でもそうでしょ。いまの視聴者は内容そのものだけじゃなくて、映像のリズムやグルーヴで快・不快を直感的に判断してるような気がするんです。

佐藤 ああ、それはありますね。

茂木 その点、佐藤さんの作ってる「ピタゴラスイッチ」(※2)は本当にすごい。あのグルーヴは特筆ものですよ。何回も繰り返して見ても飽きない。それってすごいことですよね。たとえば「ピタゴラスイッチ」内の「アルゴリズム行進」(※3)って、意味だけなら一度見ればわかっちゃうじゃないですか。にもかかわらず、何度でも見たくなる。


※2「ピタゴラスイッチ」
NHK教育で放映されている教育番組。佐藤雅彦with慶應義塾大学佐藤雅彦研究室が多くのコーナーを担当している。放送時間/NHK教育テレビ 水曜 午前10:30〜45 火曜 午前9:15〜30 ミニ版は月曜〜金曜 午後5:35〜40 (画像はNHK「ピタゴラスイッチ」より)


※3「アルゴリズム行進」
NHK教育の番組ピタゴラスイッチの1コーナー。一人でやると何が何だかわからない振り付けでも二人でやると意味を持つ動きに変わってくる、という隠しテーマを持つとにかく不思議な体操。「いつもここから」の二人による体操。 (画像はNHK「ピタゴラスイッチ」より)

佐藤 ぼくは意味じゃなくて、やっぱりリズムや間なんです。自分の中にあるリズムや間があって、それを映像でどう再現するか。きちんと再現されないと、もう、気持ちわるくてしかたない。あと、SE(Sound Effect)ですね。ぼくは、大学時代にアイスホッケーをやってたんです。アイスホッケーって、とにかくリズム、テンポが早いスポーツなんです。3秒もあれば、タン!タン!パン!って、点が入っちゃう。たとえば自分のポジションがライト・ウィングだったら、一瞬で味方のセンター、レフト、そして相手のディフェンスの位置や動きを読まなくちゃいけない。それをぱっ、ぱっ、ぱっ!と読んで、あるフォーメーションをセンターに伝える。伝え方も目と目を合わせて、それだけで伝えるんです。

茂木 おお!

佐藤 当然、毎回、状況がちがうんですけど、いまはこのフォーメーションでいくぞ、タタタッタンンじゃなくて、タタタをやって、最後にタタで相手のキーパーをまいてパスをセンタリングにこう抜けさせて、自分がシュートするぞって、一瞬でわかりあわないといけない。うん、アイスホッケーでかなり、そういう感覚が身についた気がするんです。「ピタゴラスイッチ」にも非常にそれが出てる。

茂木
 すごくよくわかります。タイミング、リズムってとても重要ですよね。単なる論理だと時間って関係ないんですけど、脳の中のリアルな伝達情報って、タイミングという要素が強烈にかかわって効いてるはずなんです。脳の中にAとBっていう情報があって、それがあわさるときにA、Bってすっといくのと、A、A、Bみたいなちょっとちがうタイミングでいくのとは、AとBの結果生み出されるCという情報にはだいぶちがいが出てきますよ。佐藤さんの作るものを見ていると、脳の中で情報の(アイスホッケーの)パックをやり取りしているイメージがあざやかに浮かぶ。

佐藤 アイスホッケーの世界では、あるとき、カナダの選手が、それまでとは全然ちがうやり方でシュートを打つ方法を始めて、それが以前とはまったくちがうタイミング、リズムで打つんで、そうなるともう、ゴールキーパーはまったく読めなくなるんですよ。いわゆる何ミリ・セカンド以下のタイミングの話になるんで。ぼくは、そういう、新しい発見がものすごく好きで、アイスホッケーをやってるとき、そういう発見をしたときってすごく熱中しちゃう。アイスホッケーってすごく音楽的だと思うんですよ。スケート場があって、そこにいろんなポジションの選手がいて、ゴールがあって、みんなパックを、たん! たん! たん! ってリズムで打ち合っていて、その状況に熱中している時間は本当に幸せなんです。ぼく、その幸せな状態を「ステュディオス(studious)」っていう状態だと思うんです。

茂木 その「ステュディオス」な状態って、なにか独特のニュアンスが込められた状態ですよね。

佐藤 「ステュディオス」から派生した言葉の「スタディ(study)」は、単に「勉強」って直訳されますが、一般的に「勉強」って言葉ってすごく義務的な語感があると思います。そうじゃないんですよ、本来のstudiousは。夢中になって、のめりこむような状態。
実は、一年くらい前に、企画したあるテレビ番組に「〜 study」という名前を付けたら、持っていった先のディレクターの方に「義務的な教育的な内容」って先入観を持たれてしまったことがありました。その時、そうか、「ステュディオスな状態」なんて語源のこと、知る人ほとんどいないから、無理もないことかも知れないな、と痛感したんです。
幼児教育の現場で見ていると、いまの子供たちって、おもちゃばなれが激しいんですよ。とくに女の子。小学校の低学年ぐらいになると、もうおもちゃなんかよりもファッションや携帯電話やメールに興味がいっちゃう。なんだか、あの子たちは、人からどう見られてるかとか、誰それの知りあいだとかいう、人と人との関係性だけで自分の存在を確かめ始めているような気がするんですよ。自分の存在が人との関係性しかなくて、さらに「何とかというブランドを持っている」というモノとの関係性が附加され、ずっと育っていって20代後半ぐらいになって「あれ? 自分って、本当は何が好きで、何をやればいいんだろう?」って不安になって、でも、自分の中には何もない。何をやればいいのかもわからない。“自分”がからっぽなんです。
それはそうなんです、他人にどう見られるかとか、あるブランドを持っていたからという、「人とモノとの関係」だけで自己を規定してきて、自分の内側から湧きおこる“これが好きだ!”“これが楽しい!”っていう充実した状態である「ステュディオス」状態を経験せずに生きてきたわけですから。それを深く体験しないまま大人になって、実は気付けば空っぽの自分を、悲しいほどの真面目さで新興宗教や自己啓発セミナーなんかで埋めようとして、埋めきれずに自殺してしまったりする。
ほんとうになんでもいいんですよ、昆虫が好きとか、囲碁が好きとか、釣りが好きとか、なにか夢中になれる楽しいこと、「ステュディオス」状態になれることを持っている人って、自分を充填させる方法を知ってる人だと思うんです。

茂木 それはオタク的な熱情とはちがいますね。もっと健全な状態だと思う。ぼく個人の経験だと、少年の頃、昆虫採集に夢中で、蝶を採っては展翅板(昆虫採集で採った蝶の羽をひろげて固定するための板)に、一生懸命飾っているときのあの時間、あれが「ステュディオス」状態ですね。

佐藤 そうそう。たとえばテレビ・ゲームに夢中になっているときとは、どこか微妙にそれはちがうんです。テレビ・ゲームは誰かが作った舞台で遊んでいるんですけど、昆虫採集になると、大自然、宇宙と対峙してますから。
(dictionary no.107より一部をご紹介)


佐藤雅彦
1954年 静岡県生まれ。1999年より、慶應義塾大学環境情報学部教授。
CM プランナーとして、湖池屋「ポリンキー」「スコーン」、トヨタ「カローラ2」、NEC「バザールでござーる」、サントリー「モルツ」「缶紅茶ピコー」、フジテレビの企業CMなどのヒットCMを世に送りだす。97年プレイステーション版ゲームソフト「I.Q」、99年「だんご3兄弟」、2000年「経済ってそういうことだったのか会議」(竹中平蔵氏との共著)などを発表。最近は慶應義塾大学佐藤雅彦研究室としての活動が主で、大型書籍「動け演算−16flipbooks」、NHK教育番組「ピタゴラスイッチ」、「日本のスイッチ」、3Dブック「任意の点P」、NHK教育番組「考え方が動きだす ―佐藤雅彦研究室のアニメーション・スタディ」、「イメージの読み書き」がある。

茂木健一郎
1962年東京都生まれ。脳科学者。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経てソニーコンピューターサイエンス研究所シニアリサーチャーに。東京工業大学大学院客員助教授、東京芸術大学非常勤講師。「クオリア」「アハ!体験」など、つねに刺激的なキーワードを用いて科学や文学など、ジャンルを超越したさまざまな分野で活躍中。主な著書に『脳とクオリア』『意識とはなにか』など多数。最新刊は『クオリア降臨』(文藝春秋・写真)。2005年8月、『脳と仮想』(新潮社)で、小林秀雄賞を受賞。http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/


TALK dictionary(お二人の肉声をアップルPodcastにて公開予定)
dictionary配布所
dictionary member(定期講読申込)




 
(C)2002-2003 CLUBKING ALL RIGHT RESERVED.